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佐久間は大河に何かを耳打ちしたあとのっそりと立ち上がる。佐久間の背後でサッカー部員たちは揃いも揃って青い顔をした。
「さっさと教室に戻れ」
「相馬もですか?」
「2度は言わない。行け」
一樹の質問に佐久間は明らさまに不機嫌が滲んだ声を出した。
一樹と向日葵は顔を見合わせホッと一息つく。そして未だ佐久間を睨みつける八雲の首根っこを掴み、引きずるかのように校内への道を急いだ。
「旭」
佐久間に声をかけられ小夏だけが動きを止める。振り返ると佐久間は小夏に向けて何かを呟いていた。声を出さず、口だけが動いている。
八雲が慌てて振り返った時には既に話終わった後のようで、小夏は先程とはうって変わって真っ青な顔をして突っ立っていた。
佐久間は何事もなかったかのようにサッカー部員を一人ずつ引きずり立たせている。八雲が息巻いて佐久間の元へ行こうとするのを一樹が全力で取り押さえ、4人はやっと校内へ入るのだった。
「旭、大丈夫か? 何を言われた」
「いえ、本当に大丈夫です。名前を呼ばれただけで……何も」
「びっくりしたぜー。あのまま偏屈ジジイ相手に飛びかかるんじゃないかと思ったわ」
「飛びかかって何が悪い」
「悪いことしかないわよ! 相馬、あんた分かってないようだけど、マ! ジ! で! 退学になるとこだったんだからね!」
「それは……その……かっ、感謝する。助かった」
もごもごと口をまごつかせながら礼を言う八雲を見て、二人は顔を見合わせると仕方なさそうに眉を下げた。
小夏は八雲にこれ以上心配をかけたくなくて、無理に笑顔を作る。しばらく八雲は納得いかなさそうな表情をしていたが、教室に入った所でようやく諦めてくれたようだった。
向日葵に心配されながら席に着いた小夏は先程の佐久間に言われた言葉が頭の中にずっとこびりついていた。口だけの動きでも、小夏の頭にはしっかりその言葉が届いていた。
もしかしたら今すぐ向日葵に、そして八雲に言うべきなのかもしれない。でも今はなるべく八雲に危険なことをしてほしくないという思いの方が強かった。
今は発言の真意が分からない。だからもう少し、様子を見てからーーー
教室に何食わぬ顔で入ってきた佐久間と一瞬目があった小夏は、慌てて目を伏せる。頭の中では実際に聞こえた訳ではないのに、佐久間の低く冷淡な声が何度も繰り返されていた。
“旭、馬鹿のフリをするってのは、どんな気分だ?”
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