mission 2

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「もうスパイごっこは辞めたのか?」 「……そもそもごっこじゃない。が、必要無くなったんだ」 「そうか、そりゃよかった」 「コロッケだが、美味いことは間違いないがもう少し辛味を増やしたらどうだ。日本人は夏には辛いもの、なんだろ?」 「確かに。もう夏だしな。少し辛味を増やしてみるか……」  店長はポケットから取り出した萎れたメモ帳に鉛筆を走らせる。その合間に隣に座る八雲の顔をのぞき見るが、とても17歳とは思えない思案顔に彼は小さくため息をついた。 「何を抱えてるのかは知らねぇが、あまり小夏に心配をかけないでやってくれ。アイツは昔っから人の顔色ばかり窺って生きてきたんだ。お前が偶然この街に越してきてくれて、本当に良かったと思ってる。近すぎる俺たちじゃ、もう小夏の助けにはならねぇんだよ」 「彼女は店長達のことを非常に好いていると思っていたが?」 「そうさ、それはありがたい。だけど小夏がちょっとずつ大人になればなるほどしなくていい遠慮まで覚えちまって。もうなかなか頼ってもらえねぇのさ。お前は小夏にとって特別な存在だ。他人から見ても分かる」  ほんの僅かに頬に熱が帯びていくのを感じた八雲はわざとらしく腕組みし、眉間に皺を寄せる。他人に好いてもらえて、頼りにしてもらえるなんてこれ以上光栄なことはない。しかし、八雲の脳裏には今日一日中遠慮がちに微笑んでいた小夏の顔が浮かんでいた。 「……彼女は俺にも何か、遠慮している気がする。俺にもっと知識と力があれば彼女を不安がらせることもないんだろうが……」 「そりゃおめぇ、ちょっと俺たちのそれとは訳が違うと思うがな」 「違う?」 「あぁ。ラブだよラブ。分かるか? お前が好きだからだよ。嫌われたくないのさ」  店長はニヤリと口角を上げると、そのムチムチとした両手をハートマークにして八雲に見せた。八雲は一瞬だけ目を瞠るが、ぽりぽりと鼻を掻くと小さくため息をつく。 「俺はそんなことで嫌いになんか……いや、好きなら遠慮なんかしないでほしいんだが」 「それはもうお前さんの腕の見せ所だろ。時間をかけて向きあって、誠意を見せるしかねぇなぁ……」 「誠意……」  八雲はぽつりと呟いた単語が背中にズシリと重くのしかかるのを感じた。自分が彼女に見せられる誠意とは一体なんだろうか。  嬉しそうに店から出てきた小夏の笑顔を眺めながら、そんな途方も無いことを、ただぼんやりと考えるのだった。
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