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モニターを睨み潰す勢いで見つめる八雲の目を少しだけ見やった顯龍は、ぼわりと紫煙をくゆらせるだけで口は開かなかった。
しばらくその様子を眺めていた八雲だったが遂に痺れを切らし、低く唸るように声を上げる。
「……対価が必要か」
「そういうことじゃねぇんだよ八雲」
「金ならいくらでも出す。今までこなしてきた任務の報酬がほぼ手つかずのままだ」
「だからそういうことじゃ」
「時間がないんだ!!」
バン!!
両手をデスクに強く叩きつけた八雲は肩で大きく息をしながら立ち上がった。目をパチクリと見開いた顯龍はポロリとタバコの灰が膝に落ちるのも構わず八雲を凝視する。
「こんな悠長に構えてる間にも彼女の症状は悪くなっていく! 確実に命に関わることだ! お前らの思惑の中で暢気に護衛ごっこしてる場合じゃないんだよ!!」
顯龍はぽかんと口を開け言葉を失った。頭も半分ほどフリーズしかかっている。目の前にいる男は本当に相馬八雲なのか?あの冷徹非情でボスに従順な。その男がこんなにも声を荒げて命令に反抗している。
チラリと見きれていたロイに目配せをするが、ロイはそういう事だと手をプラプラと振るだけだった。
「たまげた。あんな大人しそうな顔しといて、旭小夏ってのは魔性の女だったってわけか」
「旭を小馬鹿にするな。俺が勝手に……彼女の力になりたいと思ってるだけだ」
「お前……そんな顔、できるんだな」
「は?」
ポツリと呟いた顯龍の言葉に八雲は首をかしげる。
「いや、お前ら戦闘要員がそんな人間らしい顔してていいのかねぇ……まぁ良い悪いはこの際どっちでもいい。そうだな……一言言わせてもらうと……ぬるいな。お前は」
「ぬるい?」
八雲はこめかみを僅かにひくつかせると、立ち上がって前のめりになったままモニターを凝視した。
「意図的に削除した情報があるか。これに関しては教えてやる。イエスだ。だがな、これはボスの判断だ。覆ることはない。組織に属する以上これはNeRoでの絶対だ。それでも命令に反して情報を得たいんだったら即刻イタリアに戻って俺のこめかみに銃口当てるくらいやってみろよ。何もかもぬるいんだよお前は」
顯龍は鼻で八雲を笑い、灰皿にタバコの火を押し付けた。八雲は下唇を噛むとガチャンと派手に音を立ててデスクチェアに腰を落とす。
反論の余地もない。顯龍の言葉は汚く温度のひとつも感じ取れないが、間違いなく正しかった。
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