mission 3

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 古屋の門扉に手を当てると、八雲は肩を大きく上下させながら荒い呼吸を繰り返した。  夏の始まりを感じる湿っぽい空気が身体中にまとわりつき、息を吐くたびにポタポタと音を立てて汗が地面に落ちる。  アパートからたった80m。  その距離をがむしゃらに全力疾走して、気づけばやはりここに来ていた。  玄関から漏れるひだまりのような光。それに吸い寄せられるように、八雲は門扉を開け、おぼつかない足取りで玄関に向かった。  玄関の前に立つとすぐにドタバタと足音が聞こえてくる。  インターホンを押さずとも、普通の人間では捉えることができない程の小さな足音や気配で、小夏は来客が来ていることが分かってしまう。  八雲にとってもう当たり前になっていたコレですら、小夏の中のBCによるものだと実感させられた。こんなことを無意識に続けているがために、小夏はどんどん遠くに行ってしまう。  八雲が奥歯をぎりりと鳴らしたとほぼ同時に、玄関の扉が勢いよく開かれた。 「やっぱり! 相馬君でした!」  いつものジャージ姿。ふわりと揺れる栗色の髪。掠める優しい香り。溶けそうな笑顔。  その時八雲は気づいてしまった。  無意識にここまでやってきてしまったがために、今小夏に向ける顔を何一つ持ち合わせていなかったこと。  そして、もう“誰が外にいるのか”まで分かる程、小夏とBCの結びつきが強くなっていることに。 「相馬、くん……? どうかされましたか? 顔色があまりよく……ひゃっ」  小夏は不意に手を引かれ、短く声を上げた。後ろ手に玄関が締められる。気がついた時には八雲の両腕の中にいて、突然の出来事に小夏は全身を硬直させた。  顔を上げようにも腕の力が強すぎて上げられない。小夏は飛び出そうな心臓を押さえつけるように口を結ぶと、そっと八雲の胸に耳を当てた。  聞いたこともないほど早鐘を打つ八雲の心臓。シャツが汗ばみ肌にべったりと張り付いていて、抱きしめている腕が小さく震えている。  何か普通じゃないことが八雲の身に起きている。そう分かった小夏は眉を下げると、なるべく刺激しないようにそっと八雲の背中に手を回した。
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