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「相馬君……あの、」
「……すまない、俺は……君に返したいものがたくさんあるのに、何も返せない……」
「え?」
「君を守るだなんて、偉そうなことを言ったくせに……俺は……何も出来なっ……」
八雲が唇を噛むのが分かった。何かを必死で耐えているようで、回された腕から、手のひらから千切れそうな想いが伝わってくる。
その気持ちが伝染してしまったのか、小夏までが瞳にじんわりと涙を溜め始めた。
ぎゅっと湿ったシャツを握りしめる。小夏は一生懸命考えを巡らせ言葉を探したが、こんな時だけなぜか何も出てこなかった。
「相馬君……ごめんなさい。何があったのか察してあげられなくて、何も気の利いた言葉が見つからなくて……でも相馬君は一つ勘違いをしてます。私相馬君からもうたくさんいただいてますよ」
「え……」
八雲は腕の力を僅かに緩めると、そっと視線を下ろした。小夏は緩められた腕の中でやっとまともな呼吸をする。そして八雲を見上げた。
「相馬君は何もできないっておっしゃいますが、全然そんなことありません。だって相馬君がこうやって居てくれるだけで、私とっても幸せなんです。大好きな人が側にいてくれるなんて、これ以上幸せなことあるわけないじゃないですか。あったかくてぽかぽかして……本当に、明日死んじゃってもいいくらい……」
例えで言ったのは分かっている。分かっているのに小夏の口から飛び出した“死”という単語に八雲は顔を歪めた。
その顔を見て小夏は何かに気がついたようにハッと目を見開く。そして八雲の背中に回していた手をそろそろと引くと、体の前でぎゅうと拳を握りしめた。
「相馬君……私、こんな力があるせいで、もしかして人より早く死……んじゃったりしちゃうのでしょうか?」
「そんなわけない! あるはずが……ない。あって……たまるかっ……」
八雲は込み上げてきたものを喉奥に押し込めると奥歯を噛み締める。視線を下げると小夏が切なげに微笑んでいた。
ハッと目を見開く。その時、八雲はやっと気づいた。なぜこんな簡単なことですら分からなくなっていたんだろう。
一番怖いのは、傷ついているのは自分じゃない。
それは他でもない、小夏自身だと。
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