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彼女は何度も肉屋の主人に頭を下げると、大切そうに茶色の紙袋を抱え商店街から出て行った。そして南北へのびる商店街の出口、東側にある古い一軒家にたどり着くと、小さな門扉を開け中へ入っていく。
それを確認した少年はゴミ置場から飛び出し、一目散に一軒家を目指して走り出した。
「よぉ坊主! 今日もスパイごっこか?」
「今取り込み中だ。あと何度も言うがこれはごっこ遊びではない」
「いやぁ、俺も若い時はスパイごっこでヤンチャしたもんだ。懐かしいなぁ」
「……」
走っている最中、精肉店の店主から和やかに声をかけられたが、いちいち取り合っている暇はない。少年はごっこ遊びといういささか不名誉なレッテルを貼られたが、それはまた後だと頭の奥へ追いやった。
なんとか一軒家の前までたどり着いた少年は、家を取り囲むブロック塀の隙間から少しだけ顔を出した。いつも通り、無事屋内で電気が灯ったのを確認した少年は、ホッと安堵のため息をつく。
そして先程ボロクソに言われた相方へ報告するため、耳にはめ込んだ通信機に触れた。
「こちらNo.8、ターゲット帰宅を確認。追跡を終了する」
「了解。さっさと帰還して溜まった報告書書いとけよ。ボスがブチ切れる前にな」
「分かっている。が、その前に片付けておきたいヤツがいる」
「あ? あーもしかしてずっと彼女の周りをうろちょろしてた野郎の事か? だったら問題ねぇよ。俺たちの敵じゃない」
「証拠はないだろう」
「はー……ったく。自らサービス残業とは偉くなったもんだな。勝手にしろ。俺は帰る。交信終了!」
ブチンと乱暴に切れた通信に一瞬顔をしかめたが、ふんと鼻息を吹いて踵を返す。少年は数歩歩いた後くるりと左折し、一軒家の南側に面した裏路地へと歩みを進めた。
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