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「何にせよ、無理に答える必要はない。俺はお礼が言いたかっただけだ。今日は助けてくれて……ありがとう」
八雲はほんの僅かに体を震わせると、恥ずかしかったのかその歪な顔を隠すように小夏へ背を向けた。
ガチャガチャと無駄に音を立てて救急セットを片付けている。小夏はぽかんとしたまま八雲の背中を見つめた。この能力に関わることでお礼を言われたのは初めてだったからだ。
無理に詮索しないのもそう。きっと彼は優しい人に違いない。この勘も間違いではないと小夏の中に妙な確信が芽生えつつあった。
小夏は気がついた時にはもう八雲の背中に向かって声をかけていた。
「正確にいうと予知……ではないんです」
八雲は照れ隠しのためにガチャガチャと片付けるふりをしていた手を止め振り返った。小夏は自分のつま先を見つめながら膝の上で拳を結んでいる。
「なんとなく……何か起こる、というか。そんな勘があるんです。急に頭の中に空から声が聞こえてくるような……言葉じゃないんですけど、その変な感覚が電流みたいに入ってきて……」
八雲は小夏に突き飛ばされる前に小夏が天を仰いでいたのを思い出した。置物のように無表情で微動だにしない彼女の姿を。
「ごめんなさい、どうしたら伝わるのか……」
「大丈夫だ。理解している」
「そう、ですか……きっ……気持ち悪いですよねこんな変な力があるなんて。はは、は……」
「気持ち悪くない。自分を卑下して作り笑いをするな」
小夏はバッと顔を上げる。
そこには怯えも嫌悪もない。変わらずの仏頂面をした八雲がすぐ目の前に立っていた。
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