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「この小夏ちゃんなんてどうかな……生着替えなんて学校じゃまず撮れないよ。この小窓からは彼女の寝室がよく見えるんだ。知ってたかい? ほんとは高く売れるんだけど、今日は特別に」
パッキンーー……
乾いた音が、ひんやりした裏路地にこだまする。
気がつけばスマートフォンは再び宙を舞い、悲しい音を立てて地面に転がっていた。裏路地を不気味に照らしていた光は消え去り、硬いはずの機体はまるで小さな本のように真ん中でぽっきりと折りたたまれている。
学生はいやらしい目でスマートフォンを眺めていたその顔のまま、完全に動きを停止していた。
片手でいとも簡単にスマートフォンを折り畳んだ少年を見上げる。ひとつ冷や汗が背中を流れた時には、既に冷たい銃口が額にジリジリと押し付けられていた。
かちっ、と金属のぶつかる音が耳に入る。それは銃の撃鉄の音に違いなかった。
「これがオモチャかどうか……試してみるか?」
鋭い三白眼が学生を捉えると、彼はからっからに干上がった喉奥をなんとかこじ開け、声にならない叫び声を上げる。そして二転三転と幾度となく転びながら裏路地から消えていった。
「糞野郎め。男の風上にもおけないな」
少年は釈然としない気持ちのまま拳銃をホルスターに戻した。先程から少年の頭の中には、隠すものは布一枚というあられもない姿で盗撮されていたターゲットの写真が何枚も堂々巡りを続けている。
その度に本当に殺しておけばよかったと思うほどの怒りが沸々と湧いてくるのだった。
少年は怒りと焦りに身を任せ両手で頭を抱えると、ガシガシと勢いよく引っかく。
「とにかく、彼女の名誉のためにこれは一刻も早く忘れるべきだ。忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ……」
「何を忘れたいんですか?」
「いぃっ……!」
少年は思わず舌を噛みそうになった。凛とした鈴を転がすような声が裏路地に響く。もう聞き慣れてしまったいつもの敬語。彼女がきょとんと小首を傾げると、ふわふわと天然ウェーブがかかった栗色の髪がくるんと揺れた。
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