581人が本棚に入れています
本棚に追加
旭家には珍しく二人の人影があった。お互い濡れ切った制服を脱ぎ、清潔で暖かいジャージを着込んでいる。
そもそも若い女子の家着がジャージだなんて、と思うかもしれないが小夏にとってはこれが通常運転。もちろん当の八雲もかけらも気にしていなかった。
「いただきます!」
「い、ただきます」
小夏の真似をして手を合わせる。
八雲は自らの記憶を遡ってもこのように食前に手を合わせた記憶がなかった。ただ日本では食前と食後に手を合わせて挨拶をすることは知っている。
何故かNeRoに入職した際、初めに叩き込まれたのが日本語と作法の再習得だった。ボスが未来をどこまで予測していたのかは知らないが、まさかこんなところで活かされるとは。
そんなことを考えながら八雲は久しぶりの箸を持った。
「うーん! 美味しいです! 温め直して正解でした。やっぱり大和屋さんのだし巻き卵は最高ですね。じゅわーってします!」
「ふっ……よかった」
八雲は自然と笑みをこぼしていた。
携帯食品以外のものをこのように座って落ち着いて食べるのは久しぶりだった。この1週間資料確認に合わせ溜まりに溜まった報告書の提出を義務づけられていたからだ。そもそもは提出を怠った八雲のせいなのだのが。
小夏が食べていたものと同じだし巻き卵を一口食べる。確かにだしの風味と卵の甘みがふわりと口に広がって、溢れた温かいだし汁が体に染みていくようだった。
美味い。ぽろり、と言葉をこぼすと小夏がまるで自分のことのように嬉しそうに微笑んだ。
そこから二人はお弁当の味を褒めあい、クラスの話や授業の話、そして少しだけ八雲自身の話もした。
何故か八雲は自分が知らぬ間に小夏と自然と会話していることに気づく。小夏の物腰の柔らかさのせいか、常ににこにこ微笑んでいるからか。同年代の女子と関わったことのない八雲にとって、それはとても新鮮な経験だった。
最初のコメントを投稿しよう!