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魔物は、食い千切った殺人鬼の女性の上半身を呑み込むと、その巨体をぐるりと動かして、僕の方を見た。
そして、こちらへ近付いてくる。
何故あの魔物が、飼い主であるはずの女性を食い殺したのか、さぱっぱりわからないが・・・今はそんな事を考えている暇はない。
早く逃げなくては、今度は僕が食われてしまうだろう。
しかし、逃げようとしたものの、無数の触手が僕の周りを取り囲んだ。
「ひぃっ・・・!?」
あぁ、まずい。
今度こそ、逃げられない。
恐怖で足が震えて、思った様に動いてくれない。
そして鋭い牙の並んだ、巨大な口が迫る。
きっと、僕もあの殺人鬼の女性の様に、食い殺されてしまうのだろう。
あと数秒で、あの鋭い牙は僕の身体に突き刺さり、真っ二つにする事だろう。
と、思われたが。
「・・・うひぃ!?」
魔物の牙が僕に突き刺さる事はない。
代わりに、魔物の口内から伸びた3本の触手(恐らく舌だろう)が、ベロベロと僕の身体を舐め始めた。
「ぎゃあああ!!!」
きっ、気持ち悪い・・・!!!
というか、これは絶対にヤバイ。
きっと、奴は僕の身体を舐めて溶かそうとしているに違いない。
「ひぃぃぃ!? 溶かされるのは嫌だぁぁぁ!!! 誰かこいつを止めてぇぇぇ!!!」
すると。
魔物の舌の動きが、ぴたりと止まった。
「・・・え?」
そして、魔物はその軟体動物の様な巨体を床に下ろし、僕の目の前でぐたっと寝転がった。
「な、なんなのさ!?」
意味が分らない。
この魔物、襲って来たと思ったら、やっぱり止めて、そう思ったらまた襲いかかってきて・・・の繰り返しである。
一体、この魔物は何がしたいのだろうか?
「あ、わかった・・・!」
そこで、僕は気付いてしまった。
「僕って、もしかして美味しくないのかな・・・?」
恐らく、舌で舐めてきたのは、味を確かめる為だったのだろう。
そうに違いない。
・・・良かった、味の不味い人間に生まれて。
「いえ、違うと思います」
と思った所で、ヒノが僕の隣に並んだ。
「え・・・違うの? 僕が美味しくないからでは、ない?」
「私が思うに、この魔物・・・あなたに懐いている様に見えますが」
「えっ? なんでっ!?」
このデカくておぞましい魔物が、僕に懐いている?
そんなこと、ありえない。
「理由はわかりませんが、さっきからこの魔物は、とても落ち着いている様子で、まったく敵意を感じません」
「で、でも!!! 今さっき僕は、この魔物に舌で溶かされそうに!」
「あれは多分・・・スキンシップです」
「・・・嘘でしょ?」
言われてみれば、さっきの魔物の行動は、犬が遊びで飼い主をペロペロ舐める様にも・・・見える訳あるかい!!!
だが実際に、魔物はその軟体動物の様な身体を、飼い猫の様にだらーんと床に伸ばしている。
さっきまで兵士達を食い殺していた魔物とは、全くもって様子が違う。
「私も気になる事ばかりですが・・・とにかく、この魔物が大人しくしている内に逃げましょう」
「そ、そうですね・・・」
全く持って、正論である。
「ちょっとー、誰でもいいから、早く肩を貸してほしいんだけど」
ミナトの拗ねた声が聞こえる。
どうやら、まだ呪いが解けていないらしい。
ミナトは自力で立ち上がろうとしているが、一人で立ち上がれる気配は無い。
このまま放っておくのはかわいそうだ。
「い、今行きますね」
ミナトの元へと急ぐ。
・・・その時。
勢いよく入口が開き、数人の兵士達が入り込んでくる。
「ミナト様、ヒノ様! 急に魔物の様子が・・・って、うわっ!?」
当然、彼らが目にするのは、魔物が建物内を占領している光景だろう(寝転がってるだけだが)
「ミナト様とヒノ様がピンチだ!!! 皆、魔物へ攻撃を再開しろ!!!」
兵士達が慌てて剣や杖を構える。
「ち、ちょっと待っ・・!」
その兵士達に反応したのか、魔物が動き出す。
無数の触手が、威嚇するように立ち上がる。
まずい。このまま兵士達が攻撃を始めたら、魔物がまた暴れ始めるだろう。
しかし事情を知らない兵士達は、武器を構えて魔物へと接近していく。
「ま、待ってください皆さん、攻撃は一旦中止してください!」
ヒノが兵士達へ呼びかけるが、もう遅い。
魔物の触手が激しくうねり、攻撃の態勢に入る。
最早兵士達も、ヒノの呼びかけに耳を貸す余裕などない。
「まっ・・・待って!!!」
つられて僕も叫ぶが。
けれど。僕の様な何者かもわからない奴の言う事など、兵士は誰も耳を貸さないだろう。
そう思ったが。
兵士達は歩みを止め、武器を持つ手を下ろし、はっとした目で僕の方を見る。
そして魔物も、威嚇していた触手を下げる。
「・・・えっ?」
皆があまりにもあっさりと聞き入れてくれた事に、こっちが驚いてしまった。
それに、魔物まで僕の言う事を聞いている様な反応をしている。
「も、もしかして本当に、この魔物は僕の言う事を聞いているの・・・?」
それどころか、兵士達まで僕の言う事を聞いている気がするのだが・・・。
「やはり、私が思った通りの様ですね」
困惑している僕の隣に、ヒノが並ぶ。
「これは、街へ戻ったらよく調べる必要がありそうです」
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