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「に、逃げた・・・?」
間違いなくヒノの操る炎は、あの女殺人鬼を呑み込んだはずである。
しかしその跡には、女性の姿は塵ひとつ残っていなかった。
確かに凄まじい勢いの炎だったが、あの一瞬で、人間を塵ひとつ残さず燃やし尽くせる程の威力だったとは思わない。
それは、辺りを警戒しているヒノ自身の様子を見ても解る。
その時。
天井上から、ヒノへ向かって何かが落下してきた。
ヒノは素早くそれに反応し、落下してきた物体を剣で切り裂く。
「・・・椅子!?」
だが、落下してきたのはただの椅子であった。
そして、ヒノの注意が椅子に向いた瞬間。
殺人鬼の女性が、音も無くヒノの背後に降り立つ。
「う、後ろっ!!!」
僕は咄嗟に声が出たが、女性は既にナイフを振り上げている。
「っ!!!」
間一髪、ギリギリの所で、ヒノは迫りくるナイフを剣で受け止めた。
「人の魔法を掴んで利用するなんて、中々に厄介な魔法を扱うわね」
殺人鬼の女性が握る2本のナイフと、ヒノの剣がつばぜり合う。
「それに魔法だけじゃなく剣の心得も在るなんて、器用な子。けど・・・」
女性が高速でナイフを振るう。
ヒノはそれをなんとか防いでいるが、女性の攻撃する速度に付いていくのがやっとである。
「剣の腕は、さっきの子の方が上ね」
「うぐっ・・・!?」
女性の振るうナイフが、ヒノの肩を捕らえ、傷を付ける。
服が裂け、ヒノの白い肌から血が流れ出す。
更にもう一振り、ヒノの腹部を刃が掠めとった。
服が裂かれ、血が染み出す。
「あらあら。もう終わり? つまらないわね?」
女性は余裕の表情で、ヒノを挑発する。
「ほらほら、もっと見せて。貴女の全部を私に見せて? 腹の中身まで全部ね」
女性がナイフを振るい、ヒノへ追撃を繰り出す。
「ぐっ・・・!」
殺人鬼の女性が、目に見えぬ速さで2本のナイフを振るう。
ヒノの胸部をナイフが掠め、血が流れ出す。
どうしよう。
僕があの中に出て行った所で、きっと何の役にも立たないうちにナイフで刺されて終わりだろう。
それどころか、僕が出て行った所で、ただの足手まといになってしまうに違いない。
だったら、今僕に出来るのは・・・。
「だ、大丈夫ですか!? ミナトさん・・・!」
ミナトという少女を助けるべきだ。
悔しいけど、僕よりもまだ、彼女の方がこの状況を打破する策を持っている可能性がある。
「うぅ・・・さ、触らないで! 私は大丈夫よ!」
ミナトの身体を支えようと手を伸ばしたが、拒否されてしまった。辛い。
「ぐっ・・・! この程度・・・!」
しかしそんな威勢とは裏腹に、彼女は思ったよりも重症そうであった。
自力で立ち上がろうとするミナトだが、彼女の脚はガクガクと震え、とても立ち上がれるとは思えない。
このままじゃダメだ。やっぱり、僕がなんとかしなきゃ・・・。
その時。
「なっ・・・!?」
凄まじい破壊音が響き、近くの壁が突き破られる。
そして壁に空いた穴から、黒く太い魔物の触手が入り込んできた。
たった一本の触手だが、その太さは大人3人を束にしてもまだ足りない程に太く、巨大である。
「ひっ、ひぃっ・・・!?」
触手は威嚇する蛇の様に身体をもたげると、おぞましく蠢きながら、こちらへ接近してきた。
何か、なんでも良いからあれを追い払える物はないかと、辺りを見渡す。
「・・・逃げて」
ミナトがそう呟いた。
「えっ?」
「アンタは逃げなさいって言ってるのよ!!! アンタが何者なのか知らないけど、ここで一緒に死ぬ事は無いでしょ!?」
「そんな・・・!」
僕は、ミナトの真面目で真っ直ぐな顔を見て。
僕と同年代かそれよりも下の年齢だろうに、僕よりもずっと立派な人なのだと、そう思った。
「・・・ごめんなさいね。さっきまでずっと勘違いしてて。今の慌て振りを見てやっと、アンタが本当に何も知らないただの一般人だって解ったわ」
「そんな、見捨てる事なんて・・・!」
「いいから、早く逃げなさい!!!」
「っ・・・!」
僕は無力だ。
彼女達みたいな兵士や、あの女殺人鬼、そして目の前の巨大な魔物に比べたら、ゴミ程度の力しかない。
巨大な黒い触手が、歩くことすら出来ないミナトへと迫る。
僕は、その場から駆け出した。
ただし。
逃げる為じゃあない。
「ここで逃げるなんて事・・・出来る訳ないじゃないか!!!」
目的は、床に落ちているミナトの剣だ。
僕はそれを拾い上げると、彼女へ迫る魔物の触手へと迷わず接近する。
「このっ・・・!!! 化け物がぁぁぁ!!!」
そして僕は、魔物の触手へと剣を振り下ろした。
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