僕の話

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家に戻ると、買った物を調理台に広げる。 買い過ぎてしまった。 けれど、「まぁ、いっか」 そう言って笑い合う。 板チョコレートを溶かし、小型のアルミカップに流し込む。 その上から、カラフルでキラキラした粒や粉を振り掛ける。 たったそれだけの、調理するとは言い難い程の簡単な作業。 それにも(かか)わらず、大人なのに不器用な母と、子供ながらに不器用な僕は、調理台の上、そして手を、チョコレート色で汚した。 それでも、飾り付けは、母が上手(うわて)だった。 「 『好き』―― その気持ちを込めるのよ」 ……込め過ぎてしまった。 僕は、チョコレートが隠れるくらいに、トッピングをした。 ――― 甘い香りに包まれている。 チョコレートだけが有する、特別な香りだ。 チョコレートが(とろ)ける。 その様は、僕の体と心をも蕩けさせた。 チョコレートを溶かすための湯の熱と、 隣に立つ母の体温が、心地好い。 夢心地だ。 これは、そう…… "バレンタインデーの魔法" だ。 ――― 作り過ぎてしまった。 買い過ぎた材料を使い切ったのだから、当然だ。 けれど、「まぁ、いっか」 また、そう言って笑い合う。 殆どが失敗作。 成功作も、成功していると言えるのかどうか、怪しいところだ。 けれど、達成感があった。 満足だ。 すると、カップがチョコレートでコーディングされた作品の1つを、母が指した。 「1日早いけど、お母さんに逆チョコレートをくれるかな?」 次に母は、母の一番の成功作を、僕に差し出す。 「1日早いけど、お母さんからチョコレートをあげるわね」 互いにチョコレートを渡し合う。 同時に口に入れる。 同時に、唇に指を当てる。 同時に、指が跳ねた。 まだ固まり切っていない。 やわらかく、あたたかい。 けれど、それを "特別" に思えた。 「美味しいね」 「美味しいね。 よくできました」 大人の母が、子供の僕を褒めた。 そして―― 「ありがとう。 お母さんが1番好きな人は、あなたよ」 僕と母は、口元をチョコレート色に輝かせて、満面の笑みを向け合った。
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