第四十話 その頃の分身

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第四十話 その頃の分身

「よ~し、今日の訓練は終わりだ~」  鬼軍曹が皆に向けてそう声を掛けた。間もなく迷宮攻略も近いとあって、訓練自体は中々にハードな物になってきている。  尤も忍者がやらされる地獄の特訓に比べれば正直大したことないけどな。忍者は基本、毎日北海道一周するぐらいの距離を走らされるし。しかも平地じゃない険しい山道でだ。  そして決められたルートも絶対だ。これはつまり滝があろうが、巨大な湖があろうが、ダムがあろうが、谷があろうが、断崖絶壁だろうが、高速道路があろうが、民家だろうが自衛隊の駐屯地があろうが関係ないってことだ。  絶対に迂回するなんて真似は許されない。そんな厳しい特訓に比べれば、今やってる訓練なんて本当、お遊戯みたいなものだ。  尤も、この記憶はあくまで本体のものだ。分身の俺は本体と記憶を共有しているに過ぎない。  そう、今日は本体の方が情報集めのために街に向かい、分身の俺が城に残り訓練を受けてるってわけだ。  それにしても――本体も色々あったようだな。スラムでは金や尻を狙う連中に絡まれたり、尻や金を狙う連中に絡まれたり、金や尻を狙う連中に絡まれたり、金と尻ばっかだな。  ただ、ここにきてやたらと本体は出会いが多くなってきている。昨晩の第三皇女シェリナとの邂逅もそうだが、傭兵ギルドのマスターであるバーバラや、遂にはのじゃロリ化した魔獣まで餌付けしてしまった。尤も本人にそんな気はないんだろうが。  ただ―― 「し、シノブくん! そ、その、怪我は、怪我はない?」 「あ、ああ、今日は大丈夫だ」  うん、なんというかよくはわからないのだが心配してくれているチユに悪い気がしてくる。  まあ、おそらくこれは俺が本体の動きも記憶として共有しているからだろうな。みんな厳しい特訓受けてるのに、本体が、中々にワイルドとはいえ美人の姉さん的な女性や、のじゃロリと出会ってしまっている事に軽い罪悪感を覚えてしまっているのだろう。  とはいえ俺は分身だ。考え方はわりと淡々としている方でもある。 「……そういえば、今日は妙な事はしてこなかったな」  すると、ケントもやってきて気づいたことを述べてくれる。  そう、確かにケントが言うように今日の訓練はかなり普通だった。    勿論サドデスが指導官から下ろされたというのも大きいのかもしれないが、それにしても変化が激しすぎる。何せ今日は一度も殴られていない。  皆と同じように、普通に訓練を受けそして終了を迎えた。 「で、でも、何もない方が普通なんだよね」 「……まあ、そうなんだろうけどな」 「きっと、カテリナ様の思いが通じたんだよ!」  そんなことを三人で話していたら、ユウトが会話に割り込んできた。  相変わらずだな勇者は。ただ、カテリナに関しては随分と御執心な様子でもある。 「ゆ、ユウト、その、なんだ。確かにカテリナ様は美しいと思うが、殿下なのだぞ? 幾ら勇者の称号を持っているにしても身分不相応なのではないか?」  そんなユウトにマイが近づいてきて心配そうに述べた。  ユウトのことを心配しているようだな。ただ、ちょっとした不安みたいな物も感じられるが。 「そうですよユウト様! そ、その、確かにカテリナ様は素敵ですし、勇者のユウト様とならお似合いなのかもしれませんが、それでもあの方はこの世界のお姫様です!」 「そうだよユウト様~地球に帰る時が来たらお別れなんだよ~それならもっと身近にいい子がいると思うな~」 「そ、そうで~す~」  ふぅ、やはりというか、ユウトが来ると他の親衛隊のメンバーもやってくるから騒がしくなるな。 「え? い、嫌だなぁ、僕はそんな、カテリナ様とどうにかなりたいだなんて、そんな大それた事は考えてないよ! ちょ、ちょっとだけ、素敵だなって思っただけで――」  ユウトが赤面しながら答える。男のそんな姿を見せられてもあまり嬉しくはない―― 「み、ミツルギ君はやっぱりモテるんだねぇ」 「ああ、俺とは大違いだな」 「え!? そ、そんな事ないよ! 私は、シノブくんだってじゅ、十分イケてると思うなぁ」 「ありがとう、慰めでもそういってくれるのはチユだけだよ」 「はぅ!」  何かチユがおかしな声を上げて身悶えだした。チユはたまに妙な行動に移るんだよな~。 「……安定の察しの悪さだな」  だからそれは一体何の話だケント?  とは言え、実は妙というか不気味な点はもうひとつある。マグマ、ガイ、キュウスケの三人だ。  いや、マグマに関して言えば、相変わらず俺がチユと話をしているのが面白くなさそうではあるのだが、それだけだ。  少なくとも今日に関しては全く絡んでくることがない。ユウトやケントにもだ。  はっきりといえば大人しいものだ。ユウトは、彼も色々反省してくれたんだと思うよ、なんて相変わらず呑気なことを言っているけど、人間そう簡単にかわれるものじゃないと思うぞ。  嵐の前の静けさと言うか、なんとも不気味だ。 「……さて、戻るか」  そしてケントがそう口にしたのを合図に、訓練場を去る。訓練が終わったら出来るだけ早々に出るのが基本だからだ。    そして一旦チユやケントとも別れて部屋に向かうけど。 「へいへい、ほらほらデク、どうしたよ、早く覚醒しろよ~」 「そ、そんなの無理だよ~」 「無理じゃねぇっての、全く図体ばかりはデカいくせにダメダメだなお前~」 「ほ~んと、なっさけな~い」  その途中であのデクを殴ったり蹴ったりしてる男子や、それを見ながら嘲笑している女子を見た。 「……何してんのお前ら?」  見てしまった以上は仕方ない。俺は連中に声を掛けた。ただ、ユウトならともかく、こいつらにとっての俺は―― 「チッ、誰かと思ったら無職かよ」 「勘弁してくれよ、無職なんかに声かけられたら俺たちまで無職になっちまうっての」 「キャハハっ、うける~無職って病原菌だったんだ~」  ……確か男子の方は山田太郎、クラスは斧戦士。  もうひとりの方は鈴木 叫(すずき きょう)、クラスは猛戦士だったな。  あまり特徴のないふたりだけど、クラスを手に入れてからはちょっと調子に乗ってる感じだ。確かユウトを罵倒している中にも加わっていた筈だ。  そして女子の方は指込 戸津恵(さしこみ とつえ)。クラスは突剣士で、茶髪のそれなりに可愛い子だが、この状況を見るに性格は悪そうだ。  この三人は、やはり俺が声を掛けても馬鹿にしてくるだけか。クラスが無職だからとマグマ達と同じように嘲笑していた連中だからな。 「……俺は何してたのか聞いたんだけどな?」 「は? なんで無職なんかに答える必要があるんだよ?」 「お前さ、ちょっと調子のりすぎ。あんまり舐めてると俺達だってやっちゃうよ?」 「キャハハ、やれやれ~ゴミ退治だ~」  全く揃いも揃って、鈍いってのは幸せなもんだ。とは言え、本体も謀り続けている事だしな。 「お前らそんな事して、勇者が黙っていると思っているのか?」  仕方ないから別方面で警告する。実際、この現場をユウトが見たら黙ってないだろうし。  そして、その名前を出した途端、一様に狼狽した顔を見せた。 「ちっ、なんだよ。困ったらそれかよ」 「なんか白けちまったな」 「ほ~んと、やっぱ無職ってサイテ~」  好きなだけ言ってろ。 「ふん! でもな、デクに関しては俺ら別に虐めていたわけじゃないんだからな!」 「そうだぜ。俺らもともと仲がいいんだよ。今のはちょっとふざけてただけさ。あと訓練でもあるんだよ、こいつの秘められた力っての? そういうの、ありそうじゃん?」  それについては否定しないが、間違いなくこいつらは適当に言ってるだけだな。 「そうそう、それにこいつ弄られキャラだし、弄られてこいつだって楽しんでるんだからさ。そうだよね~デク~?」    連中はそんな事をいいながらデクに同意を求める。デクも苦笑しながら、 「う、うん、そうだよ。別に僕も、そんな、嫌じゃないし……」 と、小動物のような目で言ってくる。  思わずため息が出たが。 「そういうわけだ。いこうぜ~デク~」 「う、うん……」 「全く、よく知りもしないでたまったもんじゃないぜ」 「あんな性格だから無職なんじゃないの~?」  そんな事を口にし合いながら、ケラケラ笑ってデクと立ち去ろうとする。  だから念のため、俺はデクに確認した。 「デク、お前は本当にそれでいいのか?」 「……だって、こんな僕でも構ってくれるんだし、だから、僕はそれでいいんだ」 「そうか、ならもう何も言わない。結局最後は自分の気持ちだし、自分自身が変わらないと思わなければ、何も変わることはないんだからな」 「……」  デクはそのまま三人とどこかへ行ってしまった。  ま、分身としてはこれ以上何が出来るわけでもない。いや、本体だって一緒だろう。    俺はそもそもユウトほど人がいいわけじゃない。正義感もそこまで持ち合わせてるつもりはない。  だから、デクがそれでいいと言っているものを引き止めてまで止めさせようとは思わないし、偉そうに何かを語るつもりもない。    それも一つの生き方だしな。  さて、戻るか―― 「あ! シノブっすか!」  そんな事思っていたら、今度は女騎士のマイラに声を掛けられた。  見回りでこのあたりを巡回していたようだな。 「何か久しぶりの気がするっす。訓練の方はどうっすか? あいつらにはあれから何かされてないっすか? 怪我はないっすか?」 「いや、いっぺんに聞きすぎだろ……とりあえずどれも問題ないぜ。あの三人も今日は何もしてこなかったしな」 「おお~それは良かったっす。あ! そういえばもうすぐ迷宮攻略っすね! あたしも同行する騎士の中に含まれてるっす! 楽しみっす!」  うん? なんだ、マイラもか。 「シノブと一緒になるかは判らないっすけど、一緒になったら宜しくっす!」 「ああ、宜しくな、ところで――」    俺はそこまで言った後、彼女にだけ聞こえる程度の囁き声で、あれは大丈夫か? と聞いた。あれとは勿論あのノートの事だ。 「大丈夫っす! シノブのおかげでバッチリっす!」 「――そうか、まあそれならいいんだ。じゃあ俺ももう戻るけど仕事は、まあ適当に頑張ってくれ」 「何言ってるっすか! 仕事は一生懸命やるっす!」  真面目な子だな。とにかく立ち話も済んで今度こそ部屋に戻る。  それにしても、妙に俺のことを探ってそうなのがいて参るな。まあ、だからこそマイラにだけ聞こえるぐらいの声で言ったんだけど。 「おかえりなさいませシノブ様。お部屋のお掃除とベッドメイキングは済んでおりますので」 「あ、ああ……」  そして部屋に戻ったら戻ったで専属で来てくれているメイドと鉢合わせした。  それにしても改めて見ると、黒髪ロングに切れ長の碧眼、見た目にはかなり美人なんだけど、声に抑揚がなく、表情の変化も乏しい、人形みたいな雰囲気を感じるメイドだ。  しかも、その割に―― 「そういえば、まだ名前を聞いてなかった気がしたな。なんて名前なのかな?」 「……名乗るほどのものではないと思っていたもので。私はハミットと申します」  ハミットね――それにしてもこのメイド、異様に隙が少ないんだよな。おまけに当然本体もとっくに気がついている事だけど、メイド服の中にはやたら武器が隠されている。    つまり暗器って奴だ。まあ、細身のナイフ的なのも多いけど。  ただ、これに関しては別に俺だけじゃなくて、一人一人についている全てのメイドがそうだからな。  だから別に、俺だけが怪しまれているってわけでもなく、どちらかというと召喚された皆を監視するためという意味合いも強いのかもしれない。  後は、クラス持ちで力をつけてくると、特に男子なんかはメイド相手に良からぬことを考える可能性もあると、それを危惧してのことって可能性もなくはないが――まあ両方かな。  外に魔物使いがいたことからも、俺達が逃げられないようにしっかり目を光らせているんだろう。  ま、とっくに本体は宮殿を抜け出して街に繰り出してるんだけどな。  おまけになんやかんやで今日は本体が戻れないようだ。だから、引き続き俺が城に留まる事になる。まあ、後は食事と寝るぐらいだし、問題ないけどな。 ◇◆◇ 「確か、マイラ様でしたね。シノブくんとは仲がいいのかな?」  シノブと別れ、引き続き仕事の巡回を続けていたマイラだが、その途中で一人の少年が彼女の正面に姿を見せ、そんな事を聞いてきた。  この少年が、召喚された人物の一人であることはなんとなく判ったが、名前が思い出せず、え~と? と唸るが。 「でも驚いた、騎士と彼みたいなのが、ただならぬ関係になることってあるんだね」 「な!? 変な勘ぐりはよすっす!」 「でも、ふたりきりでどこかに向かったというのを見ている人がいるみたいだよ?」 「それは誤解っす! 怪我をしていたから、あたしの部屋で治療して上げただけっす!」 「へ~そんな事になってたんですね~」  してやったりといった表情を見せる彼に、ハッ、と口をふさぐマイラだが、時既に遅しだろう。 「安心してください、別にこのことを誰かに言いふらそうなんて思っているわけじゃない。ただ、個人的に気になっただけなので」 「そ、そうなんっすか?」    ホッと胸をなでおろすマイラ。それを認め彼は、聞きたかったのはそれだけです、と告げマイラの前から去った。  そして彼、アサシは顎に指を添え、思考を纏め始める。  さっきシノブとマイラが話していた時、一瞬だけ妙な間があった。そしてマイラが言っていた事。そして、今知りえた事実。  そしてもう一つ重要なのは――
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