第十五話 姫騎士

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第十五話 姫騎士

 あれから三日経った。しかしやっている事は変わらない。朝食を食べた後は城の広場に集まり、訓練訓練の毎日だ。  とは言え、やはり一緒に召喚された生徒たちは日々スキルや魔法なんかの使い方を習得しており、新しいスキルや魔法を覚えるたびに満面の笑みで喜んでいる。  間に挟まれる休憩時間なんかは、もっぱら互いの能力のお披露目会。  だが、そんな中でも―― 「おら! 無職野郎! これぐらい避けろよ!」  俺は相変わらずだ。このサドですとかいうサド野郎にしごかれ続けている。こいつもこいつで愉悦の表情で例の棒でひたすら俺を殴り続けている。  そしてどういうわけか、二日目からは棒の材質が木から青銅に変わっていた。  お前は木で殴られるぐらいじゃ物足りなさそうだからな、とかいう頭の悪い理由だ。  そして相変わらずさっぱり痛くない。そもそもフォームがなってないから、いくら材質変えたって同じことだ。木材なめるなよ、ちゃんとした技術で力を乗せて打てれば岩だって砕くんだからな。  全く、これじゃあ青銅だろうが鋼鉄だろうが、ダイヤモンドだろうがかわんねぇよ。ダイヤは意外と脆いけどな! 「ぐふっ、どうだ? ツラいか? キツいか? 食べたものが逆流しそうだろ? 骨が悲鳴を上げているだろうよ? 内臓が破裂しそうだろうよ? このままじゃ死んじまうかもなぁ――」  うわぁ~すっげぇ嬉しそう。いや、確かにそれなりに怪我してそうに偽装してるけどさ、骨も折れてないし吐いてないし、内臓も別に問題ないのはみていてわかんないかね? 「はははっ、なんだその眼は? おいおい勘弁してくれよ。俺は別にテメェを痛めつけたいとか、弱い者いじめを楽しんでるとか、そういうのじゃないんだぜ? ただ、未だにスキルも覚えないもんだから、こっちもついつい指導に熱が入ってしまうってわけよ。何せテメェはまだ、LVすら1も上がってないんだから。大体普通は最初は上がりやすいもんなんだぜ? 初期からLVが高い勇者様みたいのは別にしてもさぁ、それ以外のLVが一桁程度だった連中もこの訓練で二桁に届いたのも多いんだ。それなのに情けなくないのかい?」  わざわざ説明ありがとさん。ちなみに俺の眼はほとほと呆れている眼だからな。俺のこととやかく言う前にお前は自分の事をなんとかしろよ。 「全く、こっちはお前みたいな屑の練習に付き合いながら、夜は夜でキツい自己鍛錬も欠かしてないってのに、本当お前のせいでこっちもヘトヘトなんだぞ? その辺りわかっているのかなぁ?」  知るか! 大体偉そうなこと言っておきながら、お前のLVはこの三日で何も変わってないぞ? お前のキツい自己鍛錬ってのはその程度のものなのか? スキルも全く変化がないぞ? 言っておくが普通に見えているからな。 ステータス 名前:サドデス 性別:男 レベル:21 種族:人間 クラス:筋肉戦士 パワー:420 スピード:50 タフネス:660 テクニック:5 マジック:0 オーラ :80 固有スキル 筋肉増強 スキル 絶対筋肉、筋肉硬化、筋肉ボンバー 称号 筋肉の塊  どんだけ筋肉なんだよ!  あまりに筋肉すぎて逆に目が滑るよ! 称号すら筋肉かよ!  そして俺はこんな奴にずっと訓練とやらを受けてるわけだ。冷静に考えたらこいつ俺をどうしたいんだ? 筋肉にしたいのか? そんな筋肉ダルマみたいな見た目絶対に嫌だぞ。   「おら! さっさと立ち上がれ無職野郎! 俺様の地獄の特訓はまだまだこれから――」 「一体何をしているのだ!」  サドデスのがなり声と、ヤラれた振りを続けるという面倒な訓練に、いい加減辟易していた俺だが、そこへ突如この場の誰でもない声が乱入した。  正直聞いたことのない声だが、声の主が女性だというのは判る。耳通りの良いハキハキとした声質。  それでいてどこか気高さと力強さを兼ね添えた、そんな雰囲気を感じさせた。  声の主を振り返ると、ツカツカと心地よい足音を響かせ、一人の女騎士がこっちに近づいてきていた。  同じ女騎士でもあのマイラとは全くもってタイプが違うな。あっちは天真爛漫な可愛らしい女の子って感じだが、今俺が眼にしているのは白銀の鎧のよく似合う大人な女性だ。  年齢は二十代半ばといったところだろうか? 女だてらに立派な全身鎧を颯爽と着こなしており、騎士としての位は間違いなくマイラより上と予想される。  腰には細身の長剣、背中には白いマント。背中まで達する金色の美しい髪は、それ自体が価値ある芸術品のようですらある。  若干吊り目がちな金瞳は気の強さを感じさせるが、シャープな顎のラインと整った目鼻立ちのおかげで綺麗であると同時にやたらと凛々しく感じてしまう。  これは間違いなく男女関係なく人気が出るタイプだな。かっこよさと美しさを兼ね添えたといったところか。  上背に関しては俺よりも高く、スレンダーな肉体。そして手足がすごく長い。地球なら間違いなくモデルとしても大成しただろうな。  そんな女騎士様が、声を張り上げた後、俺達の方へ近づいてきているわけだが、何だ? 一体何のようだ?  ただ、ユウトの訓練をしていた鬼軍曹が動きを止め、彼女を認め一瞬見せた表情は、どこかこの女騎士に対す嫌悪感のようなものを感じさせた。  だけどそれもすぐに劣情を帯びた態度に豹変させ。 「これはこれはカテリナ殿下、まさか貴方様が自らこの場を訪れるとは、それに、確か将軍の命により、東に現れた魔物討伐の任につかれていたのでは?」  そして女騎士を振り返りながらそんな事をいいだしたんだけどな。  まさか殿下とはな。つまりこの騎士はあれだ、俗にいう、姫騎士ってやつなのか? そう考えると、妙に気高い雰囲気がにじみ出ているのも判る気がするけどな。 「ふん、あんなもの任務と言えるような大したものではない。わざわざ我々第八騎士団から選抜して行くほどの事でもなかったぞ」 「つまり、もう任務は達成したと? 驚きました。予定の半分以下の日数で、こうも早くとは。確か任務はオーガの群れの討伐でしたな。オーガといえば最低でもLV30は下らない難敵――」  鬼軍曹はやたら大げさな身振り手振りを交えて、姫騎士のカテリアを称え始める。わかりやすいやつだな。 「にも関わらず、いや真、相も変わらず姫様の指揮する第八騎士団は精鋭揃いですな。それも全て第一皇女という立場でありながら、自ら騎士として戦場に身をおく道を選び若くして団長まで上り詰めた、戦の女神とも誉れ高いカテリア殿下あってこ――」 「下らぬ! 私はそのような見え透いた世辞を聞きに来たのではない」 「では、一体どのようなご用件で?」  鬼軍曹は一見敬意を評しているような態度だが、その実、表情の節々に見られる細かい痙攣から、明らかに彼女を煙たがっているのが判る。  まあ、尤も俺もこの帝国の皇族にいい感情は持ち合わせちゃいないけどな。 「異なる世界からの来訪者が訓練を受けていると耳にしてな。それで今回は(・・・)一体どのような者たちが来ているのかと興味があってな、それにお前たちの行う訓練というものも気になったからな」    ……何かさり気なく重要なワードを口にしてくれたなこの姫騎士様は。 「そうでしたか。ですが、殿下の前でこのような事を述べるのは心苦しいのですが、それであれば口出しは避けて頂きたく思います。何せこの者たちへの訓練は当面の間この私に一任されておりますので」 「勿論私とて、何も問題がなければ少し覗き見る程度で立ち去ろうと思っていたさ。だがな、なんだこの馬鹿は?」  そう言ってカテリナは俺の方を指で示して鬼軍曹に問いかけた。  ああ、なるほどね。俺が無職だってどこかで聞いたか何かしたわけね。うん、まあ判ってはいたけどな。 「……ああ、なるほど、そういう事ですか。いやはや申し訳ありません。何分その男はクラスが無職なもので、他の才能あふれる候補に比べるとどうしても見劣りするのですよ。ただ、陛下の要望でその男も――」 「何を言っている?」  やれやれ、また無職叩きか、とため息をつく俺だが、姫騎士のカテリナは鬼軍曹に向けて怪訝そうに告げた後、意外な事を口走った。 「私が言っているのはこのスキンヘッドの馬鹿、サドデスの事を言っているのだがな」 「――ッ!?」  正直、これには俺も驚いた。サドデスも目を見開いて固まっているしな。  周囲の騎士や魔術士、クラスメート達もどよめき始めたぞ。 「お、お言葉を返すようですが殿下、一体この私の何が問題だと?」 「全てだ馬鹿者。そんなことも判らないのか? だとしたならあまりに愚かすぎるぞ。今すぐ騎士を止めて二等兵からやり直したほうがいいレベルだ」  辛辣な言葉にサドデスは言葉をなくした。悔しそうに歯ぎしりしてる。ちょっとだけスッとしたが。 「……姫様、サドデスは私の部下でもあります。いくら殿下といえど、その言葉聞き捨てなりませんが――」 「言っておくが私は貴様にも呆れているのだぞ? あのようなわけのわからない行為を許しておきながら訓練も特訓もあったものではない」 「……姫様は今日の訓練しか見てないでありましょう。だからそのような事を述べるのです」 「確かにそうであるな。私は今、先程から見ていた間の身でしかない。だが、それでも判ったぞ。あまりに愚かだとな」 「……一体サドデスのどこが愚かだと?」 「そんなことも言わないと判らないのか? ならば逆に問うがあれは一体何の訓練なのだ? 私が見ていた限りでは、そこの男が醜い顔を更に歪め、無抵抗なこの者を、その手に持った棒で痛めつけていただけにしか見えなかったがな」  ……驚いたな。いや、実際こいつに関してはまさにそのとおりなんだが、それを指摘できるまっとうな考えの騎士が帝国にもいるなんてな。 「……それこそ姫様が何もご存知ない証拠です。その男は他の有望な者たちと違い、才能の欠片も感じさせないクラス、無職の身なのでございます。そのような下賤な者に皆と同じような訓練を施したところで成長は望めません。確かに一見厳しく見えるかもしれませんが、誰よりも厳しく――」 「下らん。それと貴様の言っているのは厳しいではない。ただの差別であり、無体な行為であり、特訓という名を借りただけの虐めだ。こんな事をしていても何の成長も望めぬぞ、ただ潰すだけだ」 「お言葉を返すようですが、その程度で潰れるのであればその程度の男だったという事でしょう。それに姫様は同情から、差別だの虐めだのいっておりますが、それは少々姫様にしては短慮が過ぎるのでは? この男は戦闘の基礎すら知らぬ未熟者です。剣すら握ったこともないような人間の屑で、本来は普通に生きていくことさえ困難なクラスの無職です。そのようなその辺の石ころにも劣る存在を皆と同列に磨き上げるならば、先ずはその腐った性根を叩き直すことから始めねば仕方ありません」 「馬鹿を言うな。戦闘の基礎すら知らず、剣も握ったことがないと言うなら、先ずは戦闘の基礎を、剣の握り方を、そして振り方を、一つ一つしっかり教えていかねば仕方あるまい」  お、おお、中々正論に聞こえる。いや、実際は普通に剣を扱えるけどな。 「その男は無職だと言ったのをお忘れですか? スキルも持たず、ステータスも低い、そんな屑に基礎を教えたところで――」 「それこそ愚かな考えだ! 大体クラスが無職であることなど関係がない。そのようなクラスやステータスに関係なく、基礎は大事なものだ。基礎を疎かにして次になど進めるわけがないであろう。精神論なんてものはそれと一緒に教えればよいだけだ。大体、このようなただ痛めつけるだけのやり方で精神が鍛えられるか馬鹿者。こんなものただ考えが歪むだけだ」  うわ、鬼軍曹凄い悔しそうな顔してるな。 「先程から基礎基礎と、そんなもので無職がなんとかなるなら苦労はしないではないですか?」  なんかこの鬼軍曹も、段々と言葉の選択に余裕がなくなってきてるな。 「なるほど、つまり貴様はこれまでも基礎を疎かにしてきたわけだな。どうりでそこの馬鹿のような部下が育つわけだ。まさにあれこそが基礎を疎かにした勘違い騎士の成れの果てだからな」 「……いくら殿下とはいえ、そこまで言われては私も黙っていられませんね」  すると、サドデスが額に血管をピクピクと浮かび上がらせながら前に出て、そして吠えるようにいう。 「そこまでいうからには! 今この俺が試合を望んだら受けてもらえるんだろうな!」 「ほう、試合か。ふむ、良いであろう。貴様の身の程というものを思い知らせるには良い機会だ」
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