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第二十四話 これまでの調査で判ったこと
夜が来た。夜と言えばそう! 忍者の時間だ!
何か自分で言ってて虚しくなってきたな……とにかく、これまでもそうだが俺は基本、夜をメインに活動している。
この三日の特訓中も、夜だけはこうやってあっちへこっちへと奔走していた。当然、気配は完全にシャットアウトし、闇に紛れる形でだ。
理由は勿論、この帝国の真の狙いを調べるためだ。それに、ほぼ間違いなく関わっていたであろう四年前の蘭丸高校の集団失踪事件についても、何か手がかりがないか確かめるため。
特に気になっていたのは、あの集団事件の時に霧隠れにも伝わっていた事――それは、その蘭丸高校にも俺のような忍者が生徒として紛れていたという事実。
ただ、これはあくまで憶測だった。そもそもその集団失踪事件にあの忍びの一族が関わっていたかもしれない程度の話だったし、確証に至る証拠は何もなかったからな。
とはいえ、今回の件で一族が失踪に関わっていたという可能性はなくなったが、代わりに異世界からのクラス召喚に巻き込まれた可能性が高い事が判った。
全く、本当、何から何まで面倒なことだよ。そもそもあの事件の担当は俺じゃなかったのにな。
まあ、とは言えそっちはあくまでついでだ。ただ、そのクラスの連中が今何をしているのか? というのはどうしても気になる。
帝国に殺された、という可能性は低い気がするんだよなぁ。どう考えても俺たちを利用するつもりで呼んでそうだし、なのによほどのことがない限り殺さないだろう。
そうなると、今回決まった迷宮攻略とか、そのあたりが何か関係しているのかもしれない。それと、やはり気になるのは、クラス召喚に俺と同じ忍者が紛れていたとして、その時のクラスは何だったのか? という事だ。
なにせ俺は見事に無職認定されたからな。だとしたらそいつも無職だったか?
う~ん、まあ考えても仕方ない。とにかく証拠だ、といいたいところなんだけど。
実はこれがさっぱり成果がない。正直調べられるところはすべて調べたんだがな――鍵の掛かった部屋なんかも霧隠れ流解錠術で忍び込んで調べたんだが、この帝国が経済的にヤバいってのがわかったのと、堕落の霧の勇者の伝承というのがわかったぐらいだ。
ただ、この国の経済状況というのは少し興味深かった。そもそもこの世界において最も重要なのは迷宮の存在だ。
なぜなら迷宮は資源の宝庫であり、まあ、資源と言うわりには武器そのものだったりが手に入ったりすることも多いようだけど、それ以外にも希少な魔法鉱石であるミソウルなんかも手に入るし、また普通は魔物を倒した後に身体の中に生成されるという魔石も剥き出しで見つかったりするそうだ。
その為か、迷宮攻略は国そのものや迷宮を抱える各領地にとって重要な資金源であり、事業にもつながりうる金脈だ。
ただ、迷宮がいくら資金源と言っても、その攻略には危険が伴う。素人やそれを生業としている商人なんかが気軽に足を踏み入れてよい場所でもない。
だからこそ、冒険者という制度が役に立っている。冒険者は基本国に属さない完全中立な立場を守る存在だ。
冒険者として認められているのは冒険者ギルドで登録した者たちだけ。
彼らは普段から魔物を狩ったり様々な依頼をこなして生活を営んでる。当然腕っ節も強く、だからこそ迷宮攻略は基本冒険者専門の仕事となっている面もある。
しかし――帝国はひとつミスを犯した。それは本来中立の立場である筈の冒険者を皇帝からの命令という形で、とある迷宮の攻略に向かわせたことだ。迷宮は基本名前というものはないが、時折ネームドダンジョンと呼ばれる銘付きの迷宮が生まれることがある。そういった迷宮は難易度も通常の迷宮より高くなるが、その分希少なお宝などが手に入る可能性が高い。
その為、皇帝もなんとか迷宮攻略を急がせようと冒険者を強制的に潜らせたわけだが、その結果、事故が置きてしまい大量の冒険者の命が失われた。
そしてそのせいで、冒険者ギルドをまとめている冒険者ギルド総本部が怒り、そして帝国からギルドをすべて引き上げてしまった。
その影響もあって、今帝国には一人も冒険者がいない状態が続いている。
そしてその結果、迷宮攻略者が不足しているのが現状だ。一応騎士や兵士も定期的に攻略に向かっているが、迷宮は難易度の差が激しく高難易度の迷宮ではかなりの数の兵を投入する必要もある。
その上騎士では冒険者が築き上げてきたような迷宮攻略のノウハウがなく悪戦苦闘しているというのが現状だ。
一応他にも傭兵で喰っていたような連中が、冒険者のいない今をチャンスと見て迷宮攻略で一攫千金を夢見ているようだが、これも冒険者に比べると数が少なく効果的とは言えない状況。
ただ、だからといって必要な時、必要なところにある迷宮だけを攻略するというわけにはいかない。迷宮は一見すると資源を生み出す宝庫のように思われがちだが、デメリットもあるからだ。
そして帝国にとって厄介なのが迷宮内で生み出される魔物のパンデミック現象。これは迷宮五大災害の一つとして数えられていて、ある程度手付かずでいた迷宮は魔物が突如大増殖を始め、本来迷宮の外には出ないはずの魔物などが外に出て他生物や勿論人間も襲うようになるというものだ。
この災害によって既にかなりの村や畑が犠牲になっているらしいな。
本来は冒険者が根付いているような国なら、リスクマネジメントもしっかり出来ているので、そうそう起きることはないらしいのだけど、帝国はその冒険者が全くいなくなったからその煽りを大きく受けている形だ。
そして、帝国はこの事態をなんとかしようと、ユウトを含めたクラスの皆の手を借りるつもりだと、それに関しては盗み見た報告書で判った。
ただ、帝国にミスはあれどそれは過去の話だ。人手が足りてない迷宮攻略に俺たちを回そうって計画も、正直そこまで責められる話じゃない。
実際それで帝国が困ったことになっていると知れば、それでユウトが協力をやめるなんてことは先ずないだろう。
過去の事例はあるが、それも皇帝が少しでも反省の色を見せれば、それ以上追求することでもなさそうだしな。
でも、だからって実は皇帝は本当に国のことを憂いでいて、なんとか現状を打破しようと思い、ユウトを含めたクラスの皆の協力を望んでいる――と、言うにはあまりに臭すぎる。
そもそも、あの皇帝の態度は今まさに危機に窮しているような者の態度じゃないしな。俺たち一人一人に向けられる目もどこか冷たいし。
それに、あのイグリナも腹に一物抱えてそうだし、証拠はないにしても怪しいと思える点は多い。
ただ、調べられるとことは調べたが、何箇所かはどうしても踏み入れられなかった場所があるのも事実だ。それは魔法による施錠がなされたところだ。
一応忍気に魔力が利用できるのは判ったが、それでもこの世界の術式が全て理解できるわけじゃない。当然長い期間培われてきた魔法の技術や知識を、いくら忍者とは言えそうそう簡単にはマスター出来ないからだ。
だから、そういったところはどうしても入れない。特にマジェスタのいた部屋なんかはやたらと複雑な魔法鍵がされている雰囲気がある。怪しいと言えば怪しいけど、踏み込めない場所だ。
う~ん、どちらにしろ、宮殿や城の中だけに絞るべきじゃなかったかもな……それに兵や騎士の話も聞いたほうがいいかもしれない。
それに、ここは帝都だ。宮殿も城も、帝都を望める丘の上にあるけど、一度街の方に出てみるのも手かもな。
俺が活動する夜は酒場も開いている時間だし、酒の場というのは玉石混交とはいえ、いろいろな情報が聞けるものだ。
その辺も含めて――とりあえずまだ時間あるし、変装術で色々と聞いてみるか……。
◇◆◇
そんなわけで、街におり変装も駆使して兵士や魔術士に話を聞いてみたが――う~ん、微妙だ。
面白そうな話としては、先ず皇帝が話していたオリハルト王国が魔族に侵略されて利用されているという点に関して。
これは実は建前で、実際はそんな事実はなく、魔族も人間と敵対しているわけではないという話。
つまり、帝国はあくまでそれを理由にしてオリハルト王国に攻め入ろうとしている。今はその為に準備を進めているところだと――
この準備という部分に召喚された俺達の事が加えられていたら、また色々話が変わってくるんだが。
しかし、それは後から来た兵士によってすぐに打ち消された。滅多なことを言うもんじゃないとも怒られていたな。
そんな彼曰く、それはオリハルト王国側のスパイが流しているデマでしかなく、帝国を撹乱させようとしているんだとか。
正直、俺としては魔族が敵対しているのも王国を侵略したというのも、帝国が流した嘘だという話を取りたいところなんだが、反対の話も出てきた以上、それありきで話をすすめるわけにはいかないよな。
う~ん、証拠がないのが痛いな。現代日本と違って、情報媒体が少ないから、本当に秘密にしておきたいことは形には残さず胸の内にしまっておくという可能性も否定出来ないし。
そうなるとな、一応相手から情報を聞き出すための幻遁というのもあるが、この系統はくのいちが得意としていて、俺は全く使えないこともないがそこまで得意ではないんだよね。
なにより、一人ずつそんなの掛けてもいられないし。
ふぅ、まあとにかく、いくら変装をしているとはいえ、あまり派手には動き回れないし、もう今夜のところは――
「これは殿下! このような時間にどこぞへ?」
「うん、あ、いや、大したことではないのだ。少々涼みにな」
「そうでありましたか! どうぞお気をつけて!」
うん? 殿下? 俺が声のした方に顔を向けると――そこにはあの姫騎士、カテリナの姿があった。
う~ん、何だろうな? 何かごまかしているようだけど、表情は固い。
そのまま歩いていったけど、ふむ、ついていってみるか――
カテリナにこっそりとついていく形でたどり着いた場所は、以前に尖塔からも見えたあの塔であった。改めて見るとこの塔も朱色に染められている。
「これは殿下! お勤めご苦労様っす!」
「いや、お前は本当いつも元気がいいな。それで、変わりはないかな?」
「はっ! シェリナ様はいつもとお変わりないっす! 夜は、その、唯一の格子窓からいつも通り空を眺めているでありまっす!」
「――そうか、ありがとう。それで、良いか?」
「……はい、カテリナ様であれば。勿論、内密にではありますがっす」
「判っている、ピサロ、君には迷惑はかけない。いつも済まないな」
「いえ! どうぞごゆっくりっす!」
そんなわけでやたら元気で語尾にっすをつける兵に断ってランプと何かを受け取り、カテリナが塔の中へと入っていく。
ごびに『っす』とかつけられると騎士のあの子を思い出すな。
まあそれはそれとして、事前に影潜りでカテリナの影に潜んだから、そのまま俺も移動だ。
塔は螺旋階段が続いていた。結構な高さがある。外から一度見た限りでは、少なくとも帝都を囲っている壁よりは高いか。つまり五十メートル以上の高さはあるってことだ。
それほどの塔を、しかも螺旋階段とかいう普通にしんどそうなものを使って上り続けるカテリナだけど、全く息切れしていない。
やっぱこの姫騎士様、体力あるな。並の男じゃ歯がたたないだろう。ユウトもまあ頑張れ。
とはいえ、ゆっくりに見えて実は結構足が速いカテリナは、これだけの高さの塔を5分足らずで上りきってしまった。
中々に凄い脚と体力だ。俺は影に潜んでるから楽させてもらったけど。
それにしてもこの塔、最上階以外にはこれといった部屋がないんだな。
その最上階も固く閉ざされた鋼鉄の扉に阻まれているし。
尤も、姫騎士のカテリナは見張りから預かっていた物で扉を開けて入っていく。鍵を預かっていたってわけだな。
そしてゆっくりと部屋の中へと足を踏み入れる。外側は朱色だが、中は普通に石材の色で非常に無機質な雰囲気だ。
床はコンクリート打ちっぱなしといったところか。この世界にもコンクリートはあるんだな。材質が地球と一緒かはしらないけど。
まあ、地球も古代にはコンクリートがあったし不思議ではないけど。
それにしても殺風景な部屋だな。あるのは小さな木製の円卓と座り心地の悪そうな椅子。
後は一応ベッドもあるが、これもとても簡素なもので寝心地は決して良くはなさそうだ。
何より窓が一箇所しかない。窓にはガラスなどは無く、縦に等間隔に通された格子のみ。そしてその窓から外を見上げる人物が一人いた。
小柄で、どこか儚げ。背中しな見えないが、振れるとぽっきりと折れてしまうんじゃないか? と、そんな風に思える。
髪の毛は銀色、項にかかるぐらいの長さで切りそろえられている。
「シェリナ――」
そんな彼女の背中に、カテリナが声を掛けた。シェリナ――食事の席でも聞いた名だ。あの番人の兵士も言っていたな。
すると、背中を見せていた彼女が振り返る。着衣がドレスだったから女性であることは判っていた。いや、これで男って可能性がないわけでもないが、流石にこの状況でそれはないだろう。
そして振り向いたその姿は、やはり女の子だ。良かった今一瞬フラグっぽいことを考えてしまった気がしたからな。
顔は、どこか幼気な雰囲気があるな。銀色のどんぐり眼といい見た目にはかなり愛らしい。
そんな彼女を前にしてカテリナが優しく微笑むと。
「今宵も、空を見ていたのか――シュリナ、こんな場所に閉じ込められて、寂しかったのだな……」
そして、さあ、と両手を広げた。私の胸に飛び込んでこい、的なアレだ。
すると、シュリナはとことことベッドの横まで歩いていき、脇においてあった何かを持ってきた。
見たところ薄い石版といったところで、別の手には白い棒、恐らくだがチョークを手にしている。
そして石版に何かを書き込んでいった。んしょんしょ、という擬音がピッタリはまるような可愛らしい動きしているな。
そしてその間、カテリナは腕を広げっぱなしだ。放置プレイだな。
『そういうのはいいです』
そして書き込まれて掲げられたのはこの言葉だった。あ、うん、意外と冷静だなこの子。
「……そうか――」
すげーズーン! という感じで肩を落としてるよ! どんだけ抱きしめたかったんだよ!
「な、なら何か欲しいものはないか? 必要ならなんでも持ってきてやるぞ!」
『……大丈夫です。最低限のものは差し入れて頂いてますから。でも、ありがとうお姉ちゃん』
そうか、と物憂げに目線を落とすカテリナ。それにしても、なんとなくそうかもとは思ったけど、妹だったか。
でもだとしたらこの子も皇女様だよな? それなのになんでこんなところに閉じ込められてるんだ?
それと妙に気になるのはこの子、ドレスは妙に質素なんだけど、首から掛けてるネックレスにはアメジストのような紫色の水晶がはめ込まれてるんだよな。
それが妙に合ってないような気がするんだが。
「……父上も、一体いつまでこんな場所にシェリナを閉じ込めておくつもりなのだ!」
すると、今度はカテリナが悔しそうに気持ちを吐露する。
『……仕方ありません。悪いのは、私ですから――』
「馬鹿言うな! 私は今でも信じていない! お前がお兄様に毒を盛っただなどと!」
毒を、盛った?
「シェリナ、私はずっとお前を信じている。前も聞いたが、もしかして何者かに嵌められたのではないか? それでこのような目にあっているとしたら許すわけにはいかない! 私は、私は何度も父上にその事を進言したのだが、聞き入っては貰えなかった。シェリナが自分の非を認めている以上、この処罰は覆らないとな。だから答えてほしいシェリナ。本当は、毒など盛っていないのだろう?」
カテリナに肩を掴まれるもシェリナが押し黙る。顔を伏せ、それに関しては沈黙を保っている形だ。
ただ、妙だな――
『悪いのは、私なのです――』
そして、またこの答えが石版に記入された。カテリナが憂いの顔を見せ肩を落とす。
「……私は自分が情けない。何も出来ない自分が歯がゆい。シェリナ――お前が声を失ったのも、この件がショックだったからなのだろう? それなのに、お前が犯人な筈がないではないか……なのに、私は……え?」
シュリナが、カテリナに顔を埋める形で彼女を抱きしめる。
それに戸惑う姉のカテリナだが。
『私は、お姉ちゃんが大好きです。それは変わらない真実』
カテリナから一旦離れ、先ずそれを見せ、そして消して続きを見せる。
『お姉ちゃんがこうやって来てくれるだけでも私は嬉しいです。本当にありがとう』
「シェリナ……」
そして、今度はカテリナがぎゅっとシェリナを抱きしめた。
そして、それから他愛もない話を姉妹でしてから――また来るといって部屋を後にするが。
俺は、少し迷ったが結局カテリナの影から出て、この場に留まる事にした。
何せ、色々と気になる点が多すぎるからな――
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