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第三十九話 忍者とババア
「さて、改めてあたしはこの店の主、ババアだよ。ババちゃんと呼んでくれていいんじゃぞ?」
「いや、いいんじゃぞと言われてもな……」
「婆ちゃんじゃ駄目なのかのう?」
「失礼な子供だねぇ、ババア扱いは許さないよ」
いや、お前ババアだろ。名前がだけど。
「それで何が欲しいんだい? 言っておくけどねえ、ババアはそんなに安くないよ。でもどうしてもというならねぇ」
「情報をくれ、ババアはいらない」
「お主、中々失礼な男じゃのう」
ため息混じりにそんなことを言われたが、俺の直感がこのババアのペースに乗せたら駄目だと告げてるんだよ。
「でものう、そのSっぽいところも嫌いじゃないのじゃ」
「ババアよ、この男はSなんてものじゃないのじゃ、ドSなのじゃ」
お前らちょっと黙れよ。だいたい俺のどこがドSだ失礼な。あとなんでお前はそんな言葉を知っているんだ。
「とにかく、本題だ。俺はすぐにでも知りたいことがあるんだ」
「ふむ、せっかちな奴なのじゃ。早漏は嫌われるぞい?」
このエロババアが!
「それで、何が知りたいのじゃ?」
「あ、ああ、実は呪いの解き方を聞いて回っていてな。呪装具というのは知っているか?」
「うむ、知っていると言えば知っておるぞ。身につけることで呪いの効果が発動する装備品や装飾品じゃな」
知ってたか。中身はともかく、それなら話は早いかもしれない。
「実は知り合いがそれで困っていてな。その呪装具の呪いの解き方や外し方を知りたいんだ。何かいい手を知らないか?」
「……ふむ、なるほどのう」
俺の話を一通り聞き終え、ババアが顎を擦りながら考え始めた。この反応は、全く知らないってわけじゃなさそうだな。あたりかもしれない。
「全くあてがないわけじゃないがのう」
「本当か? なら是非教えてほしいのだけど」
「じゃが、ここはスラムじゃ。当然、情報だって安くはない。わかるじゃろ?」
値踏みするような目を俺に向けながらババアが暗に何かを寄越せと示唆してくる。
ふぅ、まあ予想はしていたけどな。一応今日の分の稼ぎはあるから、それぐらいで済めばいいのだけどな。
「それでいくらだ?」
「金なんていらんわい。ほれ、これじゃ」
すると、ババアはカウンターの上に一本の空き瓶を置いた。俺の掌でちょっと足りないぐらいの大きさの瓶だ。
「何だこれ? これでどうしろと?」
「なに、難しいことではないわい。この瓶をお前の精で一杯にして欲しいのじゃよ」
「……はい?」
「なんじゃ? 聞いとらんかったのかい? この空き瓶をお前のせいえ――」
「フッザけるなーーーーーー!」
思わず叫んだ。何だそれ! なんだよその瓶いっぱいに俺の、何だよそれ!
「何じゃ? 大したことではないじゃろが。お主、まだ若いのじゃから」
「若い若くないの問題じゃねぇぇえぇえ! なんでそんな真似しないといけないんだよ! てか、そもそもそれを何に使うんだよ!」
「色々じゃよ、若い男の精は美容にもいいからのう」
「聞いたことねぇよ! そして聞きたくなかったよ! 何考えてるんだこのババア!」
思わず怒鳴りつける。でも当たり前だろ? なんだよ空き瓶に俺の、冗談じゃねぇ!
「この瓶いっぱいに入れるだけで情報が手に入るのじゃぞ? 一体何が不満なのじゃ? なんならあたしが手伝ってやってもいいぐらいじゃ」
最悪だ! 想像もしたくない! 勘弁しろ! そして変な動きするな!
「と、とにかくそれは勘弁してくれ、別なことなら出来るだけやるから」
「何じゃ、だらしないのう。大体別な事と言ってものう。後は絶対に無理な依頼しかないぞ」
「依頼? 何かそっちのほうが真っ当そうだな。とりあえず言ってみれくれよ」
「言うてものう、結局傭兵ギルドでも無理だと言われた案件じゃぞ?」
傭兵ギルドでも無理? バーバラが断ったという事か?
「とにかく聞くだけ聞くよ。どんな依頼だ?」
「ふむ、依頼自体はブルームーンロリアの採取依頼じゃがな」
「ブルームーンロリア?」
「ほう、満月の夜にしか咲かない花じゃな」
俺が疑問に思っているとネメアが横から口を挟んで説明してくる。
さすが魔獣だけあってこういうのは詳しいんだな。
「ほぅ、子供の癖に良く知っておるのう。そう、そのブルームーンロリアの採取じゃ。じゃがこの花は都の外に広がる樹海で、今その子が言ったように満月の夜、その月光の下でしか咲かん。これで無茶じゃと判ったじゃろ?」
「……それはつまり、満月までまだ時間が掛かるから無茶だって事か?」
俺は確認のため尋ねる。この世界の月の周期については知らない。ただ、月の満ち欠けがあることは知っている。
「うんにゃ、傭兵ギルドに頼んでいたと言うたじゃろ? それは今夜が丁度満月だからじゃ。雨も降っておらんし、降る気配もない。こう言うときは綺麗に咲く事じゃろ」
「なんだ、だったら丁度いいじゃないか。今夜にでも森に繰り出して採取してくるよ。どのぐらい必要なんだ?」
「……お主、もしかして傭兵として日が浅いとかかのう?」
突然ババアが訝しげに問いかけてきた。どうにもこの婆さんは最初からそれが無理だと決めつけているようにも思える。
「話が見えないな。大体最初は傭兵ギルドに頼もうとしたんだろ?」
「もしかしたらと思ってのことじゃ。十中八九無理じゃとは思っとったよ。何せあの森は夜になると変貌する。特にここ最近は夜の魔物がやたら凶暴化しており、並の、いや熟練の傭兵でも歯が立たないような手強い魔物が跋扈しておるのじゃ。そんな場所にわざわざ足を踏み入れるなんて自殺行為以外の何物でもないからのう。バーバラとて、最初から依頼を請ける命知らずはいないと知っていたから断ったのじゃ」
あぁ……なるほどそういう事か。確かにアルミラージ程度で苦戦するようなら、あの夜に出会ったような魔物には苦労するだろうな。フォクロベアーでも随分と驚いていたようだし。
おまけにここ最近って事は、あの魔物使いが夜、森で見張りをするようになってからの事だろうしな。
でも、だったらこれは俺からしたらラッキー以外の何物でもないな。少なくともこの瓶一杯にそんなものを溜めるよりは遥かにマシだ。
「……わかったぜ婆さん」
「そうか、やはり無謀だと判ってくれたか。なら、この瓶に――」
「そうじゃない。その瓶はいらない。俺がしっかりとそのブルームーンロリアとやらを採取してきてやるよ――」
◇◆◇
「わーー! ここか! ここに泊まるのかなのじゃ~~~~!」
目の前で幼女化した魔獣がはしゃいでいた。ババアの依頼を請け、何かまた妙なことを言われないようにとっとと辞去した俺は、その足で商業区に向かい宿を一つ取った。
ババアは本当に大丈夫か? といった目をしていたけどな。とりあえず話を聞くには最低でも二十束ぐらいは欲しいようだ。
まあ、どちらにしても月が出るまでにはまだ時間があるしな。だから宿を取って、前もって飯も済ませるつもりだ。
それにしても、傭兵ギルドの依頼のおかげで結構稼ぐことが出来たな。何せ三十万ルベルだ。
日本円にしたら最低でも三百万円程度を一日で稼いだことになる。よもやこんな大金を手にできるなんて思わなかった。
どれだけ稼いでも月の小遣い五千円だったあの頃とは雲泥の差だ。全く異世界様々だ。
だから、今日の宿は少し奮発して一人一泊で千ルベルの宿をとることにした。幼女もしっかり一人分に入るので二千ルベルだ。
日本なら最低でも一人一万円のホテルって事だ。高級だ! 贅沢だ! スイートルームだ! 俺は一泊五千円までの宿しか知らないしきっとそうだ!
「ふかふかなのじゃ~ふかふかなのじゃ~」
幼女がベッドでピョンピョン飛び跳ねている。普通なら注意すぺきところかもしれないが今の俺は懐に余裕があるから温かい気持ちで見ていられるぞ。きっと世界一の金持ちなんかもこんな気持ちなのだろう。
とは言え流石に宮殿の部屋よりは手狭だけどな。幼女とふたりで寝るには十分だ。
ベッドも二台あるし、マジックアイテムを利用した明かりもある。
何より――
「うん、やっぱ風呂だよな」
そう、この宿には風呂がある。宮殿にもあったから、できれば風呂のある宿を取りたかったがこれでバッチリだ。しかもトイレもしっかりあるぞ。しかも水洗だ。流石帝都の高級宿だな。
いや、別に確認したわけじゃないが一泊一人千ルベルも取るのだから高級に違いない。そうに決まってる。
「おお! これはなんなのじゃ! なんなのじゃ!」
「これは風呂だ。人間が考えた最高の文化、それが風呂だ。知ってるか? 風呂があれば戦争もなくなるんだ!」
「それは嘘なのじゃ」
「バレたか」
流石に幼女でもだませなかったか。
「これはどうやって使うのじゃ?」
「うむ、これはだな」
俺は浴槽に栓をし、壁についている獅子の頭に手を触れた。すると口からドバドバとお湯が出てくる。まあ、フロントで説明を受けてたんだけど。
ちなみに熱すぎる場合は、端の方に手押しのポンプがあるからそれで水を出して調整する形だ。
ちなみに帝都の上下水道事情は居住区によって大きく変わるようだ。当然貴族区とされる場所は上下水道は完備だ。マジックアイテムの力で屋敷まで水道が行き渡っているし、トイレも水洗だ。
一等居住区も上下水に関しては貴族区とほぼ変わらない。風呂だってついている。俺が最初歩いていたところもそのあたりだな。だから水道管も埋設されていたわけだ。
二等居住区になると水道管は通っているものの水道はマジックアイテムではなく手押しポンプや井戸が目立つようになる。ただ下水に関して汲み取り式な場合も多くなるようだ。
三等居住区ともなるとほぼ井戸でしかも共同井戸となるし、トイレもやはり共同だ。風呂に関しても個別にはついておらず、公衆浴場を利用することが多くなる。
そしてスラムに関してはそもそも上下水道の設備がない。だから外に平気で排泄物が転がったりしていたわけだ。
水に関して言えば溜池みたいな場所が一つあるようだが、一体いつの水かも判らない代物で、飲んだら絶対ヤバいだろみたいな状態だそうだ。
だからまともな水にありつきたければ、水を買うか、盗むかしかないって感じらしい。
まあ、この辺はババアの店の帰りに再会したあの小悪党から聞いたんだけどな。何かすっかり兄貴扱いになっていたけど、別に兄貴になった覚えはないからな。
「おお! 水が温かいのじゃ!」
新鮮な表現だな。魔獣でもお湯は判らないのか。
「これはお湯と言うんだよ。これが溜まれば準備万端だ。風呂に入れるぞ」
「おお! 入るのじゃ、早速風呂に入るのじゃ!」
はしゃぐネメア。全く無邪気だし気が早いな。まだ湯は半分しかたまってないってのに、て、おい!
「何脱いでるんだよ!」
「む? 水浴びと一緒で、裸で入るものと思ったのじゃ。風呂は違うのか?」
「いや、風呂もそうだけど、俺がいるんだぞ?」
「そんなもの、我は人に裸をみられるぐらいどうということはないのじゃ」
そっちはなくても俺にはあるんだよな~いや小さな子と一緒に風呂に入るってそんなにおかしな事でもないのか? いや、でも事件の香りが――
「あ、そうだ。ネメア、お前元の姿にも戻れるんだろ?」
「うん? 戻れるが戻ったら我はかなり大きくなるぞ?」
「それは知ってるけど、そのサイズも調整出来ないのか? 子犬ぐらいとか?」
「むむっ、判った試してみるのじゃ!」
そしてネメアが光だし、その体型が全く異なる物に変化していく。中々珍しいものを見せてもらっている気がするな。いや変化の術が使える俺が言うことでもない気がするが。
『これでどうなのじゃ~?』
「おお! 出来てる出来てる! 畜生かわいいなこいつ~」
思わず抱きしめてナデナデしてモフモフする。むぅ、このサイズになるとまたたまらないぜ!
「でもお前、この状態でも喋れるんだな。口で喋ってるのとは違うみたいだけど」
『念話を覚えたのじゃ~』
今覚えたのかよ。便利な身体だな。
まあいいや。モフモフしている間に風呂の湯も溜まったし、一緒に湯船に浸かる。
『気持ちいいのじゃ~』
前肢で湯をバシャバシャしながら喜ぶネメア。なんとも微笑ましい。
そしてネメアを抱きかかえて湯から出て、石鹸で身体を洗ってやることにする。
ちなみに俺の腰辺りは出る時にしっかりタオルで隠してるからな。
『むぅ、なんとも気持ちいいのじゃ~』
泡立てた手でワシャワシャしてたらとろけたような声を念で発してきた。
う~ん、冷静に考えたら虎状態だからいいけど、幼女だったら色々気になるところだな。やっぱり虎に戻しておいてよかった。
「ほら、今度は仰向けだ」
ゴロンっとひっくり返してやる。四肢を広げてあられもない格好に! まあ、虎なんだが。
そんなわけで仰向け状態のネメアも洗ってやってと。
『はぅん、なんとも気持ちいいのじゃ』
「いや、変な声出すなよ……」
わしゃわしゃしながら半目で突っ込む俺だが――
「でも、気持ちいいのは気持ちいいのじゃ~~~~!」
「ぶふぉおぉお!?」
俺は思わず吹き出した。こ、こいつ!
「おま! なんで人化してるんだよ! 虎のままでいろっていったろ!?」
「仕方ないのじゃ~まだ人化覚えたてなのじゃ~気が緩むと自然と人化してしまうのじゃ~」
解けるならともかく気が緩むと人化してしまうってなんだよ! おかげであられもない幼女の姿が……うぉおおおおぉおお! 違う! そうじゃない、俺は俺は――
「俺は違うんだ~~~~~~!」
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