第十四話 根蔵依 亜覚志

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第十四話 根蔵依 亜覚志

「おい根暗、ちょっと待てよ」  彼が一人歩いていると、突如聞き覚えのある声に呼び止められた。  ボサボサの髪を軽く掻いた後、彼は声の主、マグマを振り返る。  そこには相変わらずの三人がいた。マグマとガイとキュウスケ、召喚される事となった服部高校、高校二年の同学年の中で、数少ないヤンキー気取りの三人組。  そして彼、根暗と呼ばれた少年、根蔵依 亜覚志(ねくらい あさし)にとって彼ら三人は色々と因縁の残る相手だ。  なぜなら彼はこの三人に、虐められ続けたからだ。尤も、虐めと言ってもクラスで派手にやるとユウトが口を出してくるため、陰でパシらされていた程度だが。  ただ、激しい暴力はないにしても彼に対する暴言は多かった。もともとアサシは内気な性格で、趣味もゲームやラノベ、アニメといった類が多く、性格と相まって目をつけられる要因となってしまった。  彼らは事あるごとにアサシを馬鹿にした。暗いやキモいから始まり、仲のよい振りをしながらアサシの大好きなゲームやアニメのDVDを踏ませてみたり、それに苦悩する姿をみてゲラゲラと笑い飛ばしたり、それでいながら俺たち友達だろ? だからアレ買ってきて、などと小間使いのようにパシらせた。  だが、この世界に来てからはそれもかなりマシになっていた。なぜなら、この三人、というよりは主にマグマがやたらとシノブを目の敵にするようになっていたからだ。  その為か、暫くはアサシに絡んでくることはなかったわけだが――しかし、今になって急に目をつけてきた。  そんな彼に、アサシが告げる。 「……僕は根暗じゃない、根蔵依だ」  アサシの回答を耳にした途端、マグマの目が意外そうに丸まる。  だが、すぐに不機嫌そうな顔に戻り、チッ、と舌打ちした。 「テメェまで、そんな舐めた口聞くのかよ? お前ら全員調子に乗りすぎじゃねぇか? なあ? お前、自分の立場忘れたわけ?」  頭の悪そうな口調で威嚇してくるマグマに、アサシは思わずため息を吐く。その姿は、どこかこれまでのアサシと異なっていた。 「それで、用件は何?」  そして、ぶっきらぼうにマグマに返事を投げつける。  そのどこか投げやりとも言える態度に、マグマの頭が煮えたぎる。 「いい加減にしろよ。テメェなんて俺達がいなければ何も出来ないカスだろが! 用件? だったら言ってやるよ! 今すぐ缶コーヒー買ってこい! それとおにぎりと唐揚げだ! こっちの飯には米がないからな! とっととパシってこい! それがお前の役目なんだからな!」 「お、おいマグマ、それはいくらなんでもよ」 「キキキッ、流石にこっちにコンビニはないんじゃないかい?」 「うるせぇ! なきゃあるところを探して買ってこい! 無理なら現代知識で今すぐ作りやがれ!」  その無茶な要求に、ガイとキュウスケも頭を振った。これはもう言っても無駄だなという気持ちも感じられる。  そして、そんなマグマに返されたアサシの言葉は。 「……そんなの無理に決まってるだろ。名前だけじゃなく脳みそまで熱で溶けてきたのか? 大体、なんで僕がお前たちなんかの為に、パシリみたいな真似事をしないといけないんだ。寝言は寝てから言うんだね」  落ち窪んだ三白眼でマグマを捉え、これまでと大きく異なる不気味な空気を滲ませながら、アサシははっきりとその命令を拒絶した。  マグマの拳がプルプルと震える。ぎりぎりと歯牙が擦り合う。 「お前、お前! 自分で何を言っているのか判ってんのか! パシリしか能のない根暗なオタク野郎のくせに!」 「……お前たちこそ、一体いつまで自分が上だと勘違いしているんだい? この世界では手に入れたクラスが全てだ。無職のシノブとかいう塵を甚振るのは仕方ないにしても、この僕まで同列のように扱われるのは正直腹が立つ」  信じられないような物を見ているような、そんな目をマグマは向けていた。  これまでユウトという偽善者の邪魔は多々あった物の、それでもクラス内で目をつけた相手に誰が上かをはっきり覚え込ませ、ガイやキュウスケというそれなりに使えそうな手下(・・)も出来た。  ましてや異世界でマグマが手に入れたクラス、爆裂戦士は皇女からもお墨付きを頂いたレアなクラス。これからしっかり育てていけばあのムカつくユウトやケントにだって負けはしないとマグマは本気で思っている。  にも関わらず、それとは全く関係のない、食物連鎖の最底辺にいるような連中が、シノブが、そしてアサシまでもが、何故こうも思い通りにならず、歯向かおうとするのか。  全く納得のいかないマグマであり、その怒りは既に頂点に達していた。 「いい度胸だテメェ! いますぐぶっ殺して、格の違いって奴を教えてやるよ!」  再びマグマの右手に熱が篭る。正直殺してしまっては格の違いを教えるどころではないだろうが、今のマグマに冷静な判断がとれるわけもなく。  絶対爆裂の力を拳に込め、そしてアサシに向かって突っかかる。  だが――今まさに、拳の届く範囲にガリガリに痩せたミイラのようなアサシの体が入ったかと思ったその瞬間、マグマの視界からアサシが消えた。 「……は?」  右の拳を強く固めたまま、マグマはきょろきょろとあたりを見回す。  だが、アサシの姿はどこにも見当たらない。 「お、おいキュウスケ見えるか?」 「キキキッ、いや、俺っちでもさっぱりだ――」  キュウスケは普段から目の良さには自信があると言っていたものだが、それでも消えたアサシの姿を捉える事ができない。 「チッ、さてはあいつ、逃げやがったな!」 「残念、後ろだよ」 「――ッ!?」  舌打ち混じりに、吐き捨てるように口にするマグマだったが、その瞬間、背後からアサシの声が届き、かと思えば背中に飛び乗られ、ナイフを首元に突きつけられていた。 「て、テメェいつの間に――」 「ははっ、お前は僕のクラスを忘れたのかい? これぐらいの芸当、今の僕には朝飯前さ。やろうと思えば、この時点でこの首掻っ切って殺すことも可能だったんだぞ?」 「……クッ!」  悔しそうに呻くマグマの姿に、満足げに口角を吊り上げると、その背中を蹴り上げるようにしながらくるくると後方宙返りを決め、数歩分程度の距離を置いてアサシが着地した。 「お、おいおいマジかよ、あのアサシにあんな真似が出来るなんて、一体どうなってやがんだ?」 「キキキッ、いや、ちょっと待てよ――確かあいつのクラスは……そうだ! 暗殺者だ! マグマ、そいつのクラス暗殺者だぜ!」 「んなことは判ってるんだよ!」  マグマが怒鳴り返し、キュウスケの肩がビクンッと震えた。 「暗殺者だ? んなことは判ってた。だがな、だから何だ! テメェ如きが何のクラスを手に入れようと、弱っちぃパシリ野郎なのは変わりねぇだろうが!」 「その弱っちぃパシリ野郎に殺されそうになったのは、どこの誰だい?」  再び、マグマが呻く。そして、その凶暴な瞳はアサシの顔を捉えて離さず。 「やれやれ、本当に飢えた野良犬みたいだねマグマは」 「あん? 野良犬、だと? 大体マグマだぁ? テメェに呼び捨てにされる覚えはないんだよ!」」 「いちいちおこりっぽいんだなお前は。こっちはお前たち次第でこれまでの事は水に流してやってもいいかなと、そんな寛大な気持ちでいるんだけどな」 「水に、流してやるだと?」 「そうだよ。確かにお互い色々あったけど、お前たちがこれまでの非礼をわびて、今までの罰として、今後は僕のために誠心誠意働くことを誓うと言うなら、小間使いとして使ってやってもいいと思っている――」 「ふっざけるなぁあぁあああぁあ!」  その瞬間、マグマの拳が床に炸裂し、大きな爆発が広がった。  ガイもキュウスケも両手で顔を塞ぎ、爆風に耐えている。 「ば、馬鹿お前! 本気でスキル使うやつがあるか!」 「キキキッ、せめて一言言ってくれよ」 「うるせぇええぇええ! 俺はなぁ! こんな糞みたいなカスに偉そうにされるのが一番我慢が出来ねぇんだよ!」  指を突きつけ言い放つ。その態度にアサシは肩をすくめた。 「交渉決裂だな」 「当然だ、そんなふざけたことを抜かせないように、これから俺がテメェを――」 『おい! お前たち! 一体何をしているんだ!』  だが、マグマがまだいいかけのところで騎士の声が三人の耳に飛び込んでくる。  ガイもキュウスケも焦った表情を見せており。 「お、おいマグマやべぇよ。見張りの騎士に気づかれた!」 「……くそ! あの野郎もいつの間にか消えやがった!」 「キキキッ、あんな奴はほうっておいて、さっさと逃げたほうがいいぜ!」  結局、マグマ、ガイ、キュウスケの三人は再び騎士から逃亡し――消化不良の形のまま、それぞれ部屋に戻り、騎士も、全く逃げ足の速い連中だ、と言い残しその場を後にした。  だが、誰も気づいてはいなかった。そこに一人アサシだけが残っていたことを。     完全に気配を消した彼は、そこにいてもまるでいないかのように扱われ―― 「……どちらにしろ、あんな連中じゃ僕の仲間にはふさわしくないな。もっと、僕と相性のよい人を探さないと――」  そう言い残し、彼もまたその場を後にした――
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