第一話 クラス召喚

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第一話 クラス召喚

 昨日の事、そしてこの妙な状況に陥る直前の事までを思い起こした後、改めて俺は最初に口を開いた男を見やる。  右肩に獅子、左肩に竜の装飾が施された、随分と荘厳な黄金の鎧に身を包まれた男だ。腰には柄にやはり獅子のかなり凝った装飾が施された剣。  背中には赤いマント。上背は、高い、天井に届くほどで二メートル近くはあるだろう。体つきは鎧のおかげでわからないが、しかし全身鎧は一見するとかなりの重量感がある。  下手したら総重量百キロぐらいは軽くありそうだ。そんなものを装着しながら悠然としているのだから、きっと中身も相当鍛え上げている事だろう。  声を発した男は顔もかなり厳しい。角ばった顔、大きな顎には立派な黄金の髭が蓄えられている。生え方はまるで獅子の鬣だ。その髭を手で弄びながら、こちらの様子を窺っている。  瞳は野獣の如く鋭く、射抜くような瞳というのがピッタリとハマる。値踏みするようにクラスメート達を見てくる瞳も金瞳、そして髪も見事な金で、竜のように畝る金色の髪は肩まで伸びていた。  そんないかにも百戦錬磨の武将と言った空気漂う男が、俺達に向けて言葉を続けてくる。 「それにしても、相変わらず(・・・・・)奇抜な格好をした者たちであるな。まあ良い、余はここグランガイム帝国の皇帝、ライオネル・グランガイム・ドラッケンである」  自ら皇帝を名乗る男に、クラスの皆が一様にざわめき始める。  それにしても――皇帝とはな。年齢的には五十代そこそこといった様相だが、精悍で厳かさ漂う風格は、どうみても武人のソレであり、周囲にも騎士が多いことから、騎士団長とかそっち系かと思ったんだけどな。  しかし、皇帝が直々にこんな場所までやってきて出迎えるとは、そりゃ周囲もざわつくよな。 「さて、お前たちにも色々と思うところがあるであろうが、先ずはこの状況を説明させて貰おう」 「あ、あの、その前に質問が――」 「この無礼者が! 陛下が直々に説明されると言っておるのが聞こえんかったのか!」  更に皇帝が説明を続けようとしたところで、クラスの一人がおずおずと手を上げて口をはさむが、皇帝の隣に立つ老齢の男が一括した。  頭に毛はないが、顎には豊かな白髭を蓄え、先端に金色のリングと、その中心に蒼い玉が浮いている(原理はわからないが)杖を右手に持っている。  着衣はローブ系の外套だが、上質な糸で仕立て上げられてるようだ。  そのどことなく老獪そうな老人は生徒の一人を睨みつけ、有無を言わさぬと言った雰囲気だ。正直言えば状況が悪すぎるな。この男だけじゃく、脇は精鋭といった様相の騎士が固めている。  威圧感も半端なく、逆らうなよといった空気が滲み出ている。 「ふむ、もう文句のある者はいないようだな」    ほぼ恫喝に近いことをしておいてよく言ったものだ。 「では話させて貰うとしよう。先ず今現在余の治める帝国は未曾有の危機に瀕している。尤も、それは何も余のグランガイム帝国に限ったことではないがな。はっきりといえば世界中が危機なのだ」  そこまで皇帝が話したところで、周囲がにわかにざわめき始めた。突然わけのわからない場所に連れてこられた上、国の危機だなんて重大な事実を突きつけられればそれはそうなるだろうよ。  何せ、少なくともここのいる生徒の殆どは日本で日々平和な生活を、青春を謳歌していたんだ。そんな日常が一転して国の危機とくればわけがわからないと思うのも仕方ないし、実感もわかないだろう。 「その大きな理由は魔族の台頭にある。もともと奴らは長きに渡って人間と戦争を繰り返してきたが、最近新たに即位した魔族の王、つまり魔王が歴代最悪な程の強硬派であり、血と暴力を何より愛し各地で侵略戦争を次々と仕掛けている。しかもそれでいて頭も切れるようでな。自らの勢力と力を散々誇示した上で相手を交渉の場に立たせ、無理やり己の傘下に取り込んでおるのだ」  なるほどな、ここまで来るともうある程度話は読めてくるな。 「そして問題なのは、魔族の連中は事もあろうに余の帝国と平和協定を結んでおる西のオリハルト王国を卑怯な手で隷属化させ、それを拠点にこの国に攻めいようとしておる。当然そうなれば、我々も魔族、そして形だけとはいえそれに与することとなったオリハルト王国とで全面戦争に突入する事となる。だが、王国はともかく魔王率いる魔族の軍勢はあまりに強力だ。だからこそ、余は古代の文献に残されていた英雄召喚の儀式を執り行い、強大な力を持つ英雄の力を借り魔族たちを根絶やしいしてやろうと、そう考えていたわけである――」  そこまで皇帝が話したところで僅かな沈黙。どうやら皇帝の方は話が終わったようだが――そこで大臣とやらが一歩前に出て口を開いた。 「ここまで話せば理解できるであろう。つまりお前たちは英雄としてこの場に召喚されたわけだ。その際に意思疎通が行えないと不便であるからな。魔導大臣であるこの私の命により、この世界で広く使われている言語を理解する術式も組み込んである。だからこそ、お前たちはこうやって陛下のありがたいお話を拝聴できるのだ」  なるほど、これで謎の一つ、つまりここが全く別の世界だとして何故この世界の言語が理解できているのか? については納得出来たな。  いや、魔法という時点で色々おかしいが、そこに関しては認める他ないか。手の込んだ作り物と言うには周囲の空気が異常過ぎるしな。  それにしてもこいつ、魔導大臣だったのか。魔導大臣ってなんだそれ? て気もするけど、大臣ってからには、まあ偉いんだろうな。実際偉そうだし。 「陛下、今度は私達の方から話させていただいて宜しいでしょうか?」    そんな中、一人前に出て皇帝に発言したのは御剣 勇翔(みつるぎ ゆうと)――クラス内では人気も高い、常に皆の中心にいるような生徒だ。    現代では頭もよくスポーツ万能、剣道部の主将も任されてたとか。本来三年生が任されそうだけど、その人間性とかカリスマ性とか実力とかが高く評価されてたらしい。  ただ、この手のでありがちな生徒会長を兼任して、なんてことは流石にない。大体あんなもの部活の主将やりながら片手間で出来るものでもないだろうしな。  ちなみに人気というのは主に女子にというのも頭につく。何せクラス内に親衛隊を名乗る女子がいるぐらいだ。すげーな本当。 「……くそ、あいつ絶対余計な事を、これだからイケメンは――」  するとそんなユウトを見ながら根蔵依 亜覚志(ねくらい あさし)がぶつぶつと恨めしそうにつぶやいていた。  いや、俺耳いいからなんとなく聞こえているけどな。それにこいつが何をいいたいかも判る。  あれだろ? ラノベとかWeb小説でありがちな安易に相手の要求を受け入れる勇者タイプだろうと嫌悪感を示しているわけだ。  それもまあ、判らないでもないけど、ただ俺はむしろ心配なのは―― 「……構わぬ、申してみろ」 「はい、まずは自己紹介の程を。お初にお目にかかります。私はユウトと申し上げます。とりあえずこの場の全員の代弁者として発言させて頂ければと思うのです」 「ユウトか、判った。それで?」 「はい、先程の英雄として魔族と戦うといった件ですが――」  ほらきた! と数人が声を上げた。アサシと同じことを思っていたのが他にもいたようだな。 「正式に、辞退させて頂きたく思います」 「おい! ふざけるなよテメェ勝手に! て、へ?」  そしてヤンキーみたいな三人組の中心人物だった焔 熔巌(ほむら まぐま)も文句を言おうとしたみたいだが、キョトンとしてるな。  まあ、予想していたのと違う答えを見せたのが理由だろうな。  だけど、俺はなんとなく判ってた。あいつは多分突然召喚してきたわけのわからない国よりも、クラスメートの事を一番に考えるんじゃないかってな。  ただ―― 「き、貴様! 辞退だと! 陛下自らお前たちを役立ててやると言っているのに! どういうつもりだ!」  隣に立つ大臣がわめき出す。いや、そう言われても本来知ったこっちゃないんだけどな。  それにしてもこの大臣、頭悪そうだな。言葉の節々にそんな雰囲気が感じられる。大体役立てるって、最初から道具として使う気満々だって暴露してるようなものだろ。 「まあ待て、とりあえず辞退するわけを聞いてみようではないか。英雄として迎えるなど、本来なら誉れなことだと言うのに、何故断る?」  皇帝がユウトに問う。俺からしたら何故断らないと思ったのか? といったとこだけど、しかし、それは周囲の雰囲気でなんとなくわかるか。     確かに普通なら中々切り出せない言葉かもな。そのあたりユウトは流石でもあり、危なげでもあるか。 「それは、僕達がまだこの世界について何も知らないという事。そもそも突然召喚されていきなり戦えと言われても、僕たちはそういったこととは無縁の世界で生きてきました。皆の顔を見てもらえれば判ると思いますが、突然の出来事に戸惑い、不安を覚えています。そもそも、僕たちは元の世界ではただの高校生、この世界でなんというかはわかりませんが、そうですね、学校はありますか?」 「……学園なら何箇所か存在するがな」 「では、僕たちはそういった学園に通う生徒と似たような境遇です」 「ふん! 我が帝国の誉れ高き学園生であれば、いざとなれば剣を持って戦う覚悟ぐらいは出来ておるわ!」 「……でしたら、その考えはかなり異なりますね。僕たちは先程もいいましたが戦いなどとは無縁の世界で生きてきたただの学生です。そんな僕達に過度な期待をされても……それに、僕たちは元の世界に家族だって残してきてます。このままこの世界に残ってしまってはその家族も心配させてしまいます」  ……ユウトの言っている事は尤もなことだな。確かに多くの生徒はこんなわけのわからない状況に見舞われて戸惑っているだろうし、それにユウトの言葉を皮切りに、お母さん、や、お父さん、などと両親の事を口にしてるのも増えた。    ここにきて現実に引き戻されたというところか。ただ、このままでは全く駆け引きにならないのは確かだ。何せこういった事は相手が話の通じる人物でないと意味がない。 「……なるほど話は判った。だが、一つだけ言わせてもらうなら、確かに我々はお前たちを召喚する魔法は行使したが、残念ながら元の世界とやらに戻す術は知らん」  あぁ、やっぱりそう来たか。この状況からして帰す気なんて毛頭なさそうだけど、これを言われるとどうしようもない。  だけど、俺以外の多くのクラスメートは絶望に似た表情で佇んでしまっていた。まさに呆然といった様子だな。 「そ、そんな! いくらなんでも無責任すぎます! 勝手にこんなところに召喚しておいて、帰る方法はわかりませんなんて!」 「貴様! いい加減口を慎むのだ! 陛下に向かって、失礼が過ぎるぞ!」  あちゃ~これはかなり険呑な雰囲気になってきたな。周囲の騎士は魔法使い風の連中の空気もピリピリしてきた。 「良いぞ大臣。確かに向こうにも言い分はあるだろう。多少の失礼は見逃してやらないとな。だがユウトお前は一つ思い違いをしておるぞ」 「思い、違い?」 「そうだ、お前はまるで我々が別の世界からお前達を召喚することを前提としてこの儀式を進めたように思っているようだが、我々からしてみればお前たちの方が想定外なのだ。先に言ったと思うが我々はあくまで古文書に記されていた英雄を召喚する為の魔法を行使したに過ぎない。つまり、当初から英雄ありきだ。それがわけのわからない姿をした連中が現れ、別の世界から来たなどと言われてもな。こちらのほうが面を喰らっている状況であるのだぞ? それについて、お前はどう思っているのだ?」  うぐっ、とユウトが喉を詰まらせた。こんな時に馬鹿正直というか真っ直ぐと言うかその性格が出たな。  全く、だけど、この状況じゃ仕方ないか。正直いって冷静に考えればこの皇帝の言っている事が全くデタラメだってのはすぐにわかるんだけどな。  そう、この召喚魔法は間違いなく、地球人のしかも一クラス分程度はこの場に召喚されるだろうと想定されて構築されたものだ。  そもそも、この皇帝は最初にそれを自ら証言してしまってる。あの時俺たちを見た皇帝は確かにこう言った、『それにしても、相変わらず(・・・・・)奇抜な格好をした者たちであるな――』とな。  これはつまり、何かしらの方法で俺たちのような存在、つまり地球からどこかの学校の生徒を召喚した事があるって事だ。    そうでなければこんな言葉は出てこない。そもそもあの大臣の言っていた意思疎通が出来るようにしてあるという対応がそもそもおかしな話だ。  もしただ英雄を召喚する気だったというなら、想定される英雄は当然この世界の英雄だ。それであればわざわざ言語を理解する、つまり翻訳の術式なんかを組み込む必要はないだろう。  それは勿論英雄独自の言語を持っている可能性がないとはいえないが、だとしたらそれはそれでおかしな話だ。なぜなら当然だが、この術式は日本語を想定して構築されているに違いないからだ。  つまり、この帝国の連中は俺達がいた世界が日本であること、もし日本という事は理解してないにしても日本語が標準語として使用されてる世界から召喚することを前提としてこの召喚を行った。  そして、これはつまり同時にこいつらは過去に似たような事をやっているということであり、俺の脳裏にワイドショーでもやっていた神隠し事件の事が過る。    それと全く関係がない――わけがないよな。全く、こうなるとこの帝国もかなりきな臭くなってきたな。少なくともユウトの言っているとおり、全てをそのまま真に受けるわけにはいかないだろう。  ただ、今は正直場所や条件が悪すぎるな。 「……なんか妙な事になってるな」  俺がそんな事を考えていると、隣に立った神崎 拳斗が耳打ちしてきた。  実はクラスでも比較的浮いていてあまり話す友達も多くなかった俺だが、ケントだけはある事をきっかけにわりと話すようになっていた。  まあ、ケントもどちらかというと寡黙な方だから話すと言ってもぺちゃくちゃ喋りまくることはなかったけどな。  とは言え、他のクラスメートより落ち着いている方とはいえ、突然の状況に多少は動揺……してないか? うん、こいつ表情からだとあんま読めないんだよな 「確かにな。ただ、今はあまり無茶はしない方がいいと思うんだけどな」 「……あいつ、正義感が強すぎるところ、あるからな」  そう言って腕を組む。確かにな、何度かマグマにも注意していたことがあったぐらいだ。尤もその理由だったアサシがユウトを拒否したから、結局それからはユウトも何も言えなくなったんだけどな。 「た、確かにそこはお互いの認識にずれがあるのかもしれませんが」  あぁ、やはり疑いなく受け入れちゃったか。 「ですが、それならばせめて元の世界に戻る方法を探すぐらいはしていただきたい」 「貴様は余に命令できるほど偉いのか?」 「え、偉いとかそういう話ではなく、せめてそれぐらいはして頂かないと……」 「ふむ、なるほど判った。それに関しては善処しよう。だが、それまでの間はこの帝国の為に尽力してもらう。それでいいな?」 「え? いや、ですが、我々もこの帝国の事はまだ何も判っていない上に、今の話が全て本当かどうかも――」 「貴様、つまり余の話がでたらめだと? 余が貴様達に嘘偽りを語っていると、そう申すつもりか?」  凄まじい威圧が、周囲に一気に広がった。殺気も僅かに混ぜてるな。やっぱりこの皇帝、そっち派か。かなり腕に自信があるのだろう。  しかし、ヤバいなこれは。剣道をやってた程度じゃ話にならない。現にユウトは完全に飲まれ言葉を失ってる。今のところ平気でいられるのは俺か隣のケントぐらいか。  ケント何気に凄いな。それはそうとして、クラスメートを除けば騎士たちも特に怯んでいる様子は感じられない。  と、言うよりはそれが合図だと言わんばかりに更に距離を詰め、それぞれ武器も抜き始め、何か呪文のようなものを唱え始めているのもいる。  チッ、こうなったら、やっぱしゃーないか。 「ユウト、そこまでにしておいたほうが身のためだぜ。どうやら最初から俺たちに選択肢なんてないようだ」  俺がユウトに向けて告げると、皇帝の視線が一気に俺に注がれた――
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