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第十九話 デク
「勝負あり! 勝者――ケント!」
煙が徐々に晴れていき、現れたその姿を認め、カテリナが勝利宣言をしてみせた。そう、ケントの勝利としてな。
これには、マグマの取り巻きであるガイやキュウスケも驚いている。
だけど、その肝心のマグマは、ケントから数メートルほど離れた位置で大の字になって倒れ、完全に気を失っている。顔もかなり腫れてるな。
それでも粉々に砕けた木剣の残りは放してないけどな。
ただ、それも握りの部分とその先、ほんの少しだけ残っているが、それ以外は見事に砕け散った。
「ちょっと待ってくれよ! その判定納得がいかねぇ! あれだけの爆発を起こしたんだ! 例えそいつが立っているにしても、バンテージが無事なはずがない。それが破けていれば、相打ちだ!」
「……これのことか?」
だが、ガイとキュウスケがマグマの下へ駆けつけ姫様に抗議する。だが、ケントがその上から覆いかぶせるように発し、よく見えるように両腕を上げた。
当然、両手にバンテージが巻かれているが、綺麗なものだ。破れどころか解れている様子すら感じられない。
「納得出来たかな?」
「な、マジかよ……」
ガイが目を丸くさせた。
すると、マグマが、うぅ、と唸り声を上げ、そして起き上がる。気絶から回復したようだ。
ただ、ガイとキュウスケから話を聞いた後、残った柄を握りしめてプルプルと拳を震わせていた。ケントに負けたことが相当悔しそうだな。でも俺からしてみれば、今の段階なら当然の結果といったところだ。
そしてそんなマグマに向けてケントが言い放つ。
「……どうだ? 蹴りがない、組めない、投げがない、絞めがない、そんな欠陥品のボクサーに負けた気分は?」
「……クソが! こんなもの、くだらないルールがあるから負けただけだ! こんな木剣なんかじゃない本物の剣があれば負けることはなかった! 覚えていろ! いずれテメェをぶっ殺す!」
「おい、いい加減にしないか。大体、今後は全員で協力していかなければいけないのだぞ?」
「……チッ」
舌打ちだけ残してマグマがその場を離れていく。心底面白くなさそうな顔でな。
一応その後をついていったガイやキュウスケが慰めようとしていたが、うるせぇ! と一蹴されていた。ただ、顔の腫れは相当なものだから、そのまま治療班の下へは連れて行かれたけどな。
「でも、どうしてカンザキ君、あの包帯が無事だったんだろうね?」
すると、チユが誰にともなく疑問を口にする。それに俺は答えた。
「ああ、あれは別に難しいことじゃないと思うよ。ケントはオーラの拳というスキルを持っているから、それで拳をガードしたんだと思う。それが同時にバンテージも丈夫になる要因になったんだろうね」
「あ! そうかスキルの力なんだね~やっぱり凄いな~スキルって」
チユが感心しているけど、確かにスキルも要因としてはある。だけど一番大きいのはやはりケントの本来の力、そしてあの状況でも迷いなく向かっていける胆力だろう。
そのあたりはケントのボクサーとしての素質が遺憾なく発揮されたと見るべきか。これがボクシングの試合だとしても、行くべき時に思い切りよく飛び込めない腰の引けたボクサーじゃ話にならないがケントは違う。
そしてケントは最後の攻撃では狙いをあの武器に集中していた。マグマは、偶然武器を破壊できたにすぎないだろうが! なんて憤っているが違う、あれは完全に狙い通りだった。
武器を破壊できれば勝ちというルールの中なら、最終的にはそれが一番勝負を決めるのが速いからな。その上ケントの拳ならあの剣を砕いた上で奴の顔面に拳を届かせることができる。
その上で、ケントは爆発ぐらいは受けてやるという気持ちだったからこそ、殆どダメージは貰っていない。
マグマは木剣なんかを使わせるこんなルールのせいで負けたみたいに言っていたが、ルールがあるならそのルールの中で作戦を考えるなんてのは至極当然のことだ。
むしろ一流の戦士を気取るならルールで縛られた中でも勝てる戦略を練れるぐらいじゃないとお話にならないだろう。
さて、戦いも終わりケントも一応治療班に回復魔法掛けてもらってるけど、あの爆発でこの程度とは……なんて驚かれているぐらいだ。
まあ、ケントの丈夫さは折り紙付きだ。何せ日本でも自衛隊のヘリがケントの上に墜落して、爆発炎上しても、乗っていた搭乗員を全員助けつつ、本人は無傷のまま爆発の中から出てきたぐらいだからな。
おかげでしばらく隊員としての勧誘がすごかったらしいが、世界チャンピオン目指してるんで、と言って断ったぐらいだ。
「……勝ったぞ」
「おう、お疲れ」
そして治療も終わり戻ってきたケントが腕を上げたから、俺も労いつつ腕を重ねた。ま、これで馬鹿にされた借りはしっかり返したってところか。おまけにチユや俺やユウトの分まで返してくれたからな。
全く、中々いかしたやつだぜケントは。
「でも、す、すごかったねカンザキ君!」
そんな俺達を見てチユが興奮した顔で言う。まあ、確かに凄かったと思う。
「……ヒジリとシノブも頑張れよ」
「え? で、でも私、戦うのとか苦手だし……」
「俺にもあんまり期待しないでくれよ」
そんな事をいいながらも、なんとなく笑い合う。そして模擬戦はその後も続けられていった。
俺の見立て通り、試合の組み合わせは比較的LVの近い者同士が選ばれていった。
「次の試合、ガイ対デクだ前に来るが良い」
「おう!」
そして次はマグマの取り巻きの一人、ガイが堂々と前に出てくる。
だが――
「もう一人はどうした? デクとやらは早く出てくるがよい」
カテリナが改めてデクに呼びかけるが――あいつは中々前に出てこようとしない。体格だけならガイと同じぐらいデカいから、普通に目立っているんだが。
なんか周囲からクスクスという笑い声が漏れてるし。
「オラァ! デク早く前に出てんかーい! 金玉ついとんだろうが!」
すると、ガイが大声でデクに向けて吠える。そういえば向こうにいたときから、ガイはよくデクに噛み付いていたな。
お前それでも男かとか、身体デカいんだからもっと気合入れろとか、筋肉が足りんとか、筋肉をバカにするなとか、筋肉をもっと愛せ、とか、あ、筋肉ばっかだ。こいつもしかしたらサドデスと話が合うかもしれないぞ。
「うぅ、判ったよ……」
そして、不承不承といった面持ちでデクが姿を見せた。
不動 出久――うちのクラスではガイに負けず劣らずの巨体の持ち主。
顔はガイよりも更に四角に近い、某映画のフランケンのような顔相。ただ、黒髪は大人しめな感じに纏めていて、目も常に小動物のようにおどおどしており、ガイとは性格が真逆でもある。
ガイはああみえて、実はわりと筋肉は靭やかで、その辺が見せかけだけのサドデスと違うところか。そしてそのおかげか、スポーツは上手くこなしていた。
一方でデクは運動全般が苦手であり、元の気弱な性格とあいまってウドの大木、木偶の坊などと揶揄される事も多々あった。
まあ、尤もあまりに度が過ぎるとユウトが出てきて止めさせたりしていたんだけどな。
「デク、お前も戦士ならもっとしゃんとせんかい!」
ガイがデクを怒鳴りつけた。ビクリと身体を揺らすデクは泣きそうな顔になっている。
本当に気が弱いな。そんなデクの姿にガイも苛々が募って仕方がないと言った様子。
ただ、ガイの言ったように確かにあれでデクに与えられたクラスは戦士、しかもただの戦士ではなくて狂戦士だ。
正直デクのイメージとは真逆に思えるクラスなんだけどな。実際そのことから、デクが狂戦士? と苦笑する生徒も多くいたぐらいだ。
とは言え、始めの合図と共に試合が始まった。ガイは木製の盾を左手に、右手には同じように木製の槌といった装備。
正直木製とは言え、槌は結構な威力がありそうにも思えるんだけどな――一方でデクは長柄の斧を模した得物だ。
どうやらデクは最初武器選びに難儀していたようなのだが、狂戦士ならこれだろと騎士に勝手に決められたようだ。
狂戦士のイメージって一体、と思わないでもないが、ただ、やはりデクは自分からは全く攻撃に行けず、ガイのシールドバッシュを受けただけで、ひゃ~とバランスを崩し、思いっきり尻もちをついてしまった。
「うぅ、僕の負け――」
「えぇい! 立てぇこの木偶の坊が! こんな事で終われると思うな! そのヘタレな根性叩き直してやる!」
なんかガイがやたら気合入ってるな。クラスで唯一自分と同じガタイを持ち合わせながら、性格が真逆で気が弱いというのがよほど気に入らないのか。
だけど、デクはこれ以上は戦いたくないらしく、目でカテリナに負けを認めて欲しいと訴える。
だが、彼女は首を横に振った。
「正直今のでは私も君の事を全く把握できない。怪我もしていないようだし、もう少し頑張ってみたまえ」
デクが目を伏せたが――これは仕方ないだろうな。それに、あいつだって暫くは皆と同じように行動する必要がある。
つまり今後いくらでも危険な目に会う可能性があるって事だ。それなのにこんなところで弱気になっていたのでは先が思いやられるだろう。
デクがゆっくりと立ち上がる。
うぅ、と怯えた声を上げながらも、得物の柄をギュッと握りしめた。
「よし! それで思いっきり振ってこい!」
「……で、でも――」
「でもではない! どうした? お前の武器は飾りか! 狂戦士なんていう大層なクラスを授かっておいてその様か!」
ガイが発奮させるようにデクに言う。
するとデクが、うぅ、と短く唸った後。
「や、やあぁああ~~あ」
なんとも気の抜ける声を上げながら、木製の斧を両手で振った。それには全く力が乗ってなく、腕の振りに身体がついていかず、酷くヒョロヒョロとした動きでミミズがうねったような軌跡を残し、直立していたガイにあたることもなく、その十センチメートルほど前を横切った。
思わずキョトンとするガイだが、更に、えい、やあ、となんとも頼りない腰つきで得物を振るうデクを見てため息混じりに言う。
「はあ、全くお前は本当に図体だけだな。呆れて物も言えんぞ。折角これだけの身体の子を産んだと言うのに、お前の母ちゃんは報われないな。いや、むしろ育て方が悪いからこんなできの悪い木偶の坊が育つのか? なあ?」
だが、その瞬間デクの肩がピクリ揺れ動いた。そして顔を上げ――何だ? 空気が、変わった?
「お母さんの、お母さんの事を悪く言うなーーーーーー!」
その瞬間派手な轟音。白煙がもうもうと立ち上がり、視界が奪われる。
その様子にあたりが一時の間、シーンっと静まり返った。そして――煙が晴れ、そこに姿を見せたのは……。
仰向けから尻を上に突き上げ、腰から両足にかけてを自分の頭側に折り曲げた状態を維持しているデクの姿。
その口からは舌が飛び出ていて、泡を吹いてしまっている。手にしていた武器も砕けた状態で地面に転がってるな。
うん、つまり、デクの奴は見事に失神していた。どうやら自分の攻撃の勢いで完全に自爆したらしい。
周囲がシーンと静まり返る。ほぼ全員がその姿に目をキョトンとさせている。ガイは唖然としているって感じだけどな。
しかしそんな中、沈黙を破るように一つの声。
「……おいおい、武器ぐらい無職でも振れるんだぜ?」
クラスの中の誰かが発したそれを耳にした途端、周囲がドッ! と湧いた。
「あいつ、あいつ本当にどうしようもねぇ!」
「何あれ? なんか凄い技でも使ったかと思ったら、まさかの自爆? 超笑えるんですけどぉ」
「あの巨体が転がったらそりゃ埃も舞うわ、勝手にこけて勝手に気絶してるんだから締まらねぇよなおい!」
「本当にデクは、文字通り木偶の坊だよなあ」
嘲笑の声が重なり、響き渡る。
どうやら多くの連中にはそう見えてるのか。
とは言え、彼らは忘れてしまったのか――このクラスにはこういった事が我慢できない男が一人いる。
「笑うなぁあぁああ!」
そして案の定、ユウトが全員に向けて声を張り上げ、訴える。
「デクくんだって彼なりに一生懸命やったんだ! それを笑うなんて、最低だと思わないのか!」
再びシーンと静まり返る。するとぼりぼりとガイが頭を掻き、それを見ていたキュウスケが言う。
「キキキッ、いや、一所懸命って最初からビビりまくってたし、これに関して言えばただの自爆じゃん?」
すると、周囲から再びクスクスという笑い声が。
ただ、キュウスケの言っていることは間違いではない。少なくともデクは最初から嫌々やっているようだったし、攻撃も渋々といった感じだった。
ただ、最後だけはな――まあ、自爆と言えば自爆なんだろうけど。
「でも、人には向き不向きがある! それをいちいち馬鹿になんてしてたら――」
「うるせぇなユウトは」
「そうね、流石にちょっとウザくなって来たかも~」
え? とユウトがクラスの皆を見回した。だが、そんな彼に四方八方から文句が飛ぶ。
「何かユウトって思ってたのと違うよね? 少し幻滅かも」
「勇者になれたからってよ、調子乗りすぎ~」
そんな声に、ユウトは言葉をなくし俯いてしまった。親衛隊の女子が擁護に入るも、批難の声が大きくなってしまっている。
「う、う~ん、あれ? え~と、僕どうなったの?」
「……お前は呑気なものだな。しかし――」
そして、デクが目を覚まし、頭を振りながら確かに中々のんきな事を言った。だが、戦ったガイにはやはり違和感はあったんだろうな。
とはいえ、既にクラスの注目はユウトに向けられているけどな。勿論悪い意味でだが……。
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