第二十三話 カテリナ皇女と皇太子

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第二十三話 カテリナ皇女と皇太子

「もう知っている者も多いと思うが、これが余の一番上の娘カテリナだ。女だてらに騎士の真似事などしおって、少々手を焼いているがな」  そんなわけで皇帝と夕食をともにすることになったわけだが、聞いていたとおりカテリナが皇帝側の席についた。対面にはイグリナの姿もある。  気になるのはもうひとり、金髪の男の姿が見える事だ。前はいなかったし初対面になるが、細身の優男といったところで、ただ服装といい雰囲気といい、何より姉妹より更に皇帝の近くの席に座っている辺り、その血筋、まあ、皇族なんだろうなというのは判る。  年齢は見た目には若そうに思えるのだけど、ただかなり落ち着いた雰囲気もある。 「不肖な娘で申し訳ありません。ですが、騎士の仕事は私の天職と考えておりますゆえ」  そしてその長女カテリナが少しだけやり返す。う~ん、綺麗だけど勝ち気な女性だねなんとも。 「カテリナお姉様は既に騎士として認められておりますから。だからこそ、女性でありながら第八騎士団の団長などという名誉ある地位に選ばれたわけですからね。婚期は逃しておりますが、その分出世を取る程の精彩を放つ有様は、ぜひとも見習いたいところです」  イグリナが語る。う~ん、なんだろうこの節々に感じられる棘のようなものは。笑顔でごまかしている感があるけど、皮肉たっぷりといった印象だぞ。 「――ふむ、婚期を逃したは少々余計な気がするが、しかし妹にそう思われるのは悪い気はしないものだな」  は? いや、単に皮肉で返してるかと思ったけど――なんか微笑み方とか、まさか本気で褒められているとか、そういう感じに捉えたのか? 「しかし、お前も二十五といい年だ。婚期を逃したなどと諦めず、少しは真剣に考えてほしいものだがな」  ふ~ん、やっぱこういった世界だと二十五はいわゆる行き遅れ扱いになるんだな。日本なら二十五なんてまだまだ結婚なんて早いって印象だけど、所変わればなんとやらだな。 「父上、まだ二十五ですよ。そうでなければ、私などどうなってしまうか」 「馬鹿言うな、男はいいのだ男は」  皇帝の斜め前に座ってる王子様っぽい男がなんとも甘ったるい声でそんな事を言う。  見た目が良いってのもあるんだろうけど、クラスの女子が囁きあってるな。一体誰なのか興味津々といった様子だ。 「ところで父上、そろそろ皆様に私も挨拶したほうがよろしいかと」 「ああ、そうであったな。うむ、勇者ユウトよ、そして此度は帝国のために協力を誓ってくれた勇敢な戦士たちよ、初顔合わせになるとは思うが、此奴が余の息子ウィリアムよ。少々体調が優れなくてな、前回は顔合わせできなかったが、大分良くなってきたので、カテリナの事もあるし同席させている」 「ウィリアム・ドラッケンです。どうぞ以後お見知りおきを」  皇子が頭を下げた、皆もどこか畏まってしまったな。 「ふふっ、ユウト様、お兄様は後の皇太子となられる御方です。勇者様とはきっといい関係を築けると思いますわ」  イグリナがユウトに色目を使いつつ告げると、親衛隊の目つきが一様に厳しくなった。マイもな。  ただそれ以外の女子は完全に後の皇太子様に心を奪われている。思わず、キャー、なんて黄色い声上げているのもいるぐらいだ。 「イグリナ、私にはまだまだ過ぎる位ですよ。それに、お父上が中々認めてはくれない」 「仕方があるまい、お前にも色々とあったからな」 「……………」    カテリナが沈黙し、何か暗い影のようなものを落としたな。色々の部分に何かあるのか? 「ところでユウトよ、頃来訓練で大変かとは思うが皆の調子はどうかな?」 「あ、はい。この世界で享受した力を使いこなすため、皆日々精進しております」 「そうか、どうやら先刻、カテリナがでしゃばった真似をしてしまったようだが」 「そ、そんな! 滅相もありません! 殿下にご教授頂き、皆感謝しております。特にカテリナ様は教え方が巧みであり、美しさの中に艶やかさと気高さと、愛しさや心強さが溢れていて――」 「それでカテリナよ、お前から見てこの者たちはどうであるか?」  完全に流されたなユウト。まあ、正直途中から何をいっているのかさっぱりだったけどさ。   「はい、皆とても優秀で、これであればしっかりとしたメニューを組んで訓練を行えば、早い段階で力の使い方も会得出来る事でしょう」 「そうか、ならばそろそろ迷宮攻略へと向かわせてもいい頃合いであるな」  ライオネルが何気に口にしたその言葉に、は? とカテリナが怪訝そうな声を漏らした。  それにしても、迷宮攻略ね―― 「そ、それは本気で申されているのですか?」 「当然だ、余はこんなことで冗談など言わぬ。何か問題でもあるのか?」 「大ありです! いくらなんでも早すぎる!」 「しかし、お前は今、優秀だと言ったではないか。それに早い段階で力も使いこなせるとな」 「確かに言いましたが、それはあくまで一般的な兵士に比べてです。彼らはまだ訓練を初めて三日程度、せめて一ヶ月は見ていただかないと――」 「それでは遅すぎる。迷宮攻略は彼らが魔族と戦う上でも必要不可欠な事だ。こうしている間にも奴らの魔の手は刻一刻と伸びているのだぞ?」 「し、しかし――」 「とにかく、これは決定事項だ。色々と準備もあるゆえ、流石に今日明日というわけにはいかないが、引き続き明日より二日の間は城で訓練を受けてもらい、三日目から迷宮攻略に赴いてもらおう」 「……そうやって父上は、いつも勝手なことを、シェリナの事とて父上は!」 「カテリナ!」  突然親子喧嘩のようなものが始まって、見ていたクラスの連中も食事を食べる手を止めた。あ、いや、あのアイだけは黙々と食べてるな。またアサシから半分もらってるし、ある意味凄いな。 「ウィリアムの前だ、その話はやめろ。それぐらい、理解できるであろう?」 「――そう、でした。もうしわけありあせん、お兄様」 「いや、いいんだカテリナ。それに、私だって心配に思っているのだからな」  何か、妙な雰囲気が漂ってるな。きっかけは、あきらかにシェリナという名前だ。どうやらこの皇子も関係していることらしい。シェリナか……念の為この名前は心に留めておくか。 「とにかく、迷宮攻略には挑んでもらう。それにそこまで心配するようなものでもない。最初に挑戦してもらうのは試練の迷宮だからな」  試練の迷宮か……名前からして試練がまってそうだ。だけど、口調からするにゲームなどでいうとこのチュートリアル的な迷宮扱いなんだろうか? 「……判りました。ですが、ユウト殿のお答えも頂かず勝手には決められないと思いますが」 「ふむ、カテリナはこう言っているが、どうかな? 私は問題ないと思っているのだが。どうも娘は慎重すぎるきらいがあってな。だが、安心するが良い、向かう迷宮はそれほど攻略も難しくない。階層も五層程度であり、場所も帝都の中にあるゆえ、何かあればすぐに兵が駆けつける。それでなくても、必ず二名は騎士が護衛につくのだ。問題は先ずないとみていい」  皇帝がユウトに説明する。確かに話だけ聞いている分には、そこまで難しそうに感じないが、聞いている中にはいきなりの実践に戸惑っているものもいるな。 「――私としては、皆の意向も確認してからでないと、なんともお答えのしようがありませんが――」 「いいじゃねぇか、やろうぜ迷宮攻略。上等じゃねぇか」  ユウトは即決の意志を見せることはなかったが、ここで口を挟んだのはやはり奴ら、マグマ達だ。 「正直訓練ばかりじゃ感覚が掴めないしな。こういうのは早くに慣れておいたほうがいいだろう。お前たちもそうだろ? 訓練よりも迷宮攻略でスカッとしたいよな!」 「え? あ、ああ、そう言われてみれば……」 「どうするよ?」 「騎士が付くと言うなら問題ないんじゃないか?」  スカッと、ね。本当ゲームかなにかと勘違いしてる節があるが、結局またマグマに同調する声のほうが受け入れられやすい舞台が整ってしまったな。 「どうやら全員、異存はないようだな」    いや、どうみても全員じゃないんだが、やっぱりしたたかな皇帝だな。 「……判りました。ですが、護衛の件は宜しくお願いいたします」 「勿論だ。最初から危険な真似はさせんよ」  それはつまり、後には危険な目に会う可能性があるって言ってるように思えるけどな。 「それならば、護衛に付ける騎士は我が第八騎士団より選出させていただこう。それと、迷宮攻略までの期間、訓練も引き続き私が行えればと思う」 「か、カテリナ姫が選んだ騎士であれば、これほど心強いものはありません!」  ユウトも、ちょっとのぼせ過ぎじゃないか? マイが相当不機嫌そうだぞ。 「それは駄目だ、カテリナ、お前は今回の件からは外れてもらう」  すると、皇帝のライオネルが厳しい目つきでカテリナに言い渡した。  何故ですか父上! とカテリナが思わずテーブルを叩く。 「当然であろう? カテリナ、確かにお前は騎士であり、団長でもある。だが、同時に皇女でもあるのだ。ここに戻ってきた以上、騎士としての仕事以外にも皇女としての責務がある。仕事はいくらでもあるのだ」 「し、しかし! 彼らの事を疎かには出来ません!」 「そんな事はわかっている。だが、そもそもからしてそれはお前の仕事ではない。先刻の事とて、あれは明らかにお前の越権行為だ。オニスを教官として選んだのはあのレクサス将軍直属の部下であり団長だ。騎士としてみたなら、お前は上官の判断も仰がず独断専行で勝手に動き、しかも本来そのような権限もないにも関わらず、勝手にオニスをその場から出て行かせたのだ」 「しかし、それには理由が」 「勿論、サドデスという騎士にも少々行き過ぎた行為があったのかもしれぬが、だからといってオニス軍曹にまで、身勝手な判断で責任を負わせるのが正しいとでも言うつもりか? それにだ、これがもし騎士ではなく皇女として命じたというのならばなおのこと問題だ。レクサス将軍は今回のところは穏便に済ますつもりのようだが、結果的にお前は私の顔にも泥を塗ったことになるのだぞ?」 「そ、それは――」  そこまで言って、口ごもる。俺もこの世界の政治の事は詳しくないが、話を聞いている分にはきっとカテリナはそのレクサス将軍という人物の管轄とは別の団か何かにあたるってとこなんだろうな。  一応忍者も組織で動いているからわからないでもない。つまり他人の畑に勝手に足を踏み入れて荒らし回ったような、そんな感覚なのだろう。 「とにかく、以上の理由からお前がこれ以上この件に関わることは禁ずる。判ったな?」 「しょ、承知致しました――」  カテリナもここは認めるしかなかったといったところなようだ。  とは言え、このやりとりのおかげで微妙な空気のまま食事を続ける事になってしまった。  皆、あまり美味しそうに見えなかったな。まあ、アイに関しては別で終始美味そうにしてたけど。 「それにしても、あそこまであからさまに落ち込むかね……」  食事を終えた後、晩餐の間を出たユウトは肩を落として、重りでも乗せたかのような状態だった。  親衛隊が慰めてるけどな。そんなにカテリナが外れたことがショックだったのかよ。 「全くもって同感だ。ユウトも、女一人のことで情けない」  て、マイに聞こえていたのかよ。いや、そもそもなんでこいつ俺の横に来てるんだ? 「……悪かったな」  かと思えば、何か謝ってきた。  う~ん、なんで俺、謝られてるんだ? 不可解って様子でマイの顔を見たら、軽く息を吐きだして。 「だから、模擬戦の事。お前が憎まれ役をかってくれなかったら、ユウトは参ったままだっただろうしな」  ああ、なんだそんな事か。 「別に気にすることじゃないさ、俺が勝手にしたことだ」 「……そうか、だけど、ユウトもあの調子じゃ何も言えないだろうしな。ユウトに変わって、とにかくありがとう」  そう言って、踵を返して去っていった。なんとも律儀な奴だな。 「……シノブくんって、結構モテるんだね」  そして、今度は近くにチユがいた。モテるって、何を言ってるんだ? 「いや、言っている意味がわからないんだけど……」 「だって、カテリナさんにはマンツーマンで鍛えてもらっていたし、今も、マイさんと、楽しそうに話していたし……」  楽しそう? 今のが? いやいや、流石にそれはおかしい。 「あの姫騎士さんはただ面倒見がいいだけだよ。俺のクラスが無職だから気にかけてくれたんだ。カミヤさんは、模擬戦のことでお礼を言ってきただけだ」 「……ふ~ん」  な、なんか気のない返事だな。何故かジト目だし。笑顔が妙に怖いし。    そもそもなんで俺こんなに責められてるんだよ……。 「……なんだ? 痴話喧嘩か?」 「ちげーよ! なんでそうなるんだよ!」  何かケントまでやってきたし。そもそも痴話って何だよ、そういう関係でもあるまいし。 「そ、そうだよ。別に、シノブくんと、何かあるわけじゃないもん……もう、先戻るね」  そう言い残してチユは去っていった。一体何だったんだ? 「……判らないもんなんだな」 「ああ、全くだ。女の子の気持ちは本当に謎だ」  ケントの言ってることに納得を示す。全く、何がなんだか。 「……いや、俺が言ってるのはシノブ、お前の事だぞ?」 「は?」  何を言っているんだケントは? さっぱり意味がわからないぜ――
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