第二十五話 シェリナ・ドラッケン

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第二十五話 シェリナ・ドラッケン

『貴方は一体誰ですか?』  うん、やっぱそうなるよな。カテリアが出ていってから、俺だけ残って隠れ身の術で近づきつつ、タイミング見て姿を晒したんだけど。  やっ、と緊張を和らげようと軽く声かけたのが逆にまずかったか。大体冷静に考えれば今の俺、変な仮面被ってるしな。  そりゃ後ずさりして、ビクビクとするよな。そんな状況でも石版に文字書いて見せたところは凄いけど。 「いや、俺は決して怪しいものではない」 『どうみても怪しいです』  ですよね~。  いや、それにしても対応早いな。石版の文字はチョークだから一回一回消せるんだろうけど、そこからすぐに書き直してこの反応の速さよ。 「う~ん、この状況じゃやっぱ流石に怪しいか。俺も慌てすぎたかな」 『…………』  いや、意外と余裕あるのかこの子?  そこ、わざわざ記入しなくても沈黙は判るぞ。  それに、確かに怪しんでるんだろうけど、何か、じーーーーっとこっちを見てるし。 『じーーーーーーっ』 「いや、それも書くのかよ!」 『ビクンッ!』  やべー思わず突っ込んだらちょっとビビらせてしまったかも。いや、本当にビビってるのか? ビクンッ! て書く余裕はあるんだよなこの子……。 「う~ん、ま、仕方ないか。悪い、ごめんな突然お邪魔して。とりあえず引き返すとするよ」  正直無理やり話を聞こうって感じの子ではないしな。気になる点はあるけど、て、うん? 「え~と、なんで手を掴んでるのかな?」  背中を見せたところで俺の手を掴んできたんだよなぁ。もしかして不審者は捕まえようとか?  だけど、彼女はその後すぐ手を放して石版に何かを書き始める。 『話し相手に、なってくれますか?』 「……はい?」  思わず間の抜けた声が飛び出た。  いや、だって今の今まで怪しそうにしてたのに。 「一体どういう風の吹き回しかな? 俺の事、怪しんでただろう?」 『最初は少し、でも、何かするつもりならとっくにしてるかなって……』  それは、まあごもっともな話か。実際俺は彼女に何か危害を加えるつもりで来ているわけじゃないし。  まあ、正直言えば偶然なんだが、とりあえずちょっと話してみたいなと思ったわけだが。 『……あの、もしかして貴方は召喚された方ですか?』  すると、今度はそんな問いかけ。ふむ、この塔に閉じ込められているような状態だけど、召喚の事は知っているのか。 「いや、そういうわけでもない。ただ、その関係で色々調べて回ってはいる」  とは言え、流石にそこまで素直には喋れない。雰囲気的には、問題なさそうな気もするんだけどな。でも忍者たるものその場の雰囲気で流されるわけにもいかないのだ。 『そう、ですか。ですが、それなら私はあまり役に立てないかも……』 「その、喋れなくなった件と何か関係あるのか?」 『……え?』 「いや、悪い。実はさっきの姫騎士様に密かについてきていたからな。それで話は聞いていたんだ」  ま、これぐらいは語っておかないと話が進まないだろう。 『……もしかして、ストーカーさんですか?』 「ちげーよ!」  何気に何言い出すんだよ! いや、そもそもこっちにもその概念あるのかよ! 『お姉ちゃんはモテるからてっきり……』  うん、やっぱりそういう意味なのか。もしかしたら意味が違ったのかな? と思ったけどそのまんまだった。 「いや、ただ塔に入るのにちょっと、まあ利用させてもらっただけだよ。軽蔑したかい?」 『……いえ、それにストーカーさんでも悪い人じゃなさそうです』 「だからストーカーじゃないっての!」  なんでそこだけ変わらないんだよ! て、あれ? 声が出ないまでも、くすくすと笑って……なんだ、可愛らしく笑うじゃないか。 「――なあ、君は本当にその皇子様とやらに毒を盛ったのか?」 『…………』  ちょっと、踏み込みすぎただろうか。ただ、俺にはどうしてもこの子がそんな事するようには見えない。  勿論その場の感情だけで流されるわけにはいかないけど、ただ、明らかに気になる点もある。 『――それは、私が悪いのです』  そして返ってきた答えがこれだ。ふと唯一の窓から入り込んできた月明かりが、彼女の銀色の髪を淡く照らし、儚さが増したような、そんな気がした。 「……それだけだと、答えになってないな。毒を盛ったか、盛ってないかどちらかで答えてくれると嬉しいのだけど」 『……ごめんなさい』  うつむき加減に謝る。何か俺が虐めているような気持ちなって心苦しい。  ただ、これではっきりしたことがある。  この世界、正直、ステータスには謎も多いが、この世界のステータスが見れるという概念は、結果的に利点に繋がる事がある。  どういう事かというと―― 名称:勅封の首飾り 効果 装備したものに失声と口封じの呪いを施す呪装具。身につけた相手の声を奪い、予め定められた事柄に対する発言の一切を禁じる。この首飾りは呪いが解けない限り外れることはない。  これだ。看破の術でこういうことが仔細に判るのが利点だな。  それにしても、どうも嫌な予感がする首飾りだと思ったらこういう事か。  つまり、この子は呪いの効果で発言に大きな制限を受けてるって事だな。その上で声まで奪われているのか――  じゃあ、一体誰がこんなことを、という事だがそんなのきまりきってるだろう。  全く、自分の娘相手に酷いことしやがる。ただ、気になるのはシェリナの私が悪いという言葉か。  あれは、ただごまかしているというよりは、何か自分を責めているような、そんな感情が入り込んでいた、と俺は思う。  これはつまり、呪いを受けてしまった事に対し、自分が悪いと、そういう事か? うむ――とは言え、どこまで発言が禁止されているかによるが。 「シェリナ、その首飾りは、呪われているか?」    俺の問いかけに、シェリナが両目を大きく広げた。銀色のどんぐり眼がより一層際立つ。   『――それはありません』  これは駄目か。言えないということも書くことが出来ず、必ず拒否しなければいけないってところか。  言えませんとか答えられないという内容だと、それが真実だと語っているようなものだしな。 「ところでシェリナ、俺の住んでいたところだと、そういった呪いの事を【タタラレル】というんだ」 『タタ、ラレル?』 「そう、祟られるだ。それでシェリナ、その首飾りは、祟られているか?」 『それはありません』  即答か。つまり呪いを祟りに変えたとしても駄目。ということは文字そのものよりは本人の認識に作用される呪いって事か。つまり呪いを祟りに言い換えたところで、本人がそれを呪いと認識してしまったら制限はかかるって事だな。  ふむ、厄介だな。ただ収穫もあった。最初シェリナは俺にこういった。召喚のことに関しては役に立てないと。  それはつまり、召喚のことについても、呪いをかける必要があるぐらい重要な事が隠されていて、それをシェリナが知っているという事だ。  それはいいのだが――首飾りの呪いを解く、いや、無理だな。地球でもそれは祓い屋の仕事だった。  俺が下手に手を出すにはリスクが高すぎる。失敗した時に何が起きるかわからない。    むしろ、ここは呪いの解き方を調べるべきか。城に行ける範囲は調べてしまったが、まだ市街では調べてないところも多くある。  こんだけ多くの人が住んでるんだ。何かしら情報を持っているのがいてもおかしくはない。  そうなるとその手だが――いつもどおり夜だけ活動するか、それとも昼の訓練は影分身にまかせて変化の術で変装して俺が動くかだな。  調査を影分身に任せるって手もあるが、やはり初めてやることは俺がやっておきたい。  そういう意味では明々後日から始まる迷宮攻略には顔を出しておいたほうがいいだろう。  そうなると夜明けからの二日間が肝だな―― 『あ、あの――』  と、しまった、ついつい考え込んでしまったな。  そういえば、彼女は話し相手が欲しいって事だったよな……。 「あっと、ごめんなこっちの話ばかりで」 『い、いえ』 「そういえば、何か話がしたいんだったよな。俺の話ばっかりだったし、今度は俺が聞くよ。何かあるかな?」 『そ、それではお名前を――』  へ? 名前? 参ったな。俺、名前なんて考えてなかったぞ。流石にそのまま名乗るわけにもいかないしな―― 『あ、あの――』 「仮面……」 『――え?』 「そ、そう! 俺は、仮面シノビーだ!」  思いつきと勢いでそんな事をいってしまいました。
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