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第七話 夜の忍者
「こちらが、キリガクレ様の新しい部屋となります」
「マジか……」
思わず声が漏れる。ケントが広い広い言っていたが、確かにこれは広い。
地球にいた頃も俺の家はそれなりに広い屋敷だったとは思うが、俺の部屋はわりと普通だった。
それに比べると、この部屋は俺の地球の部屋が七、八部屋分収まるぐらい広い。
調度品も立派なものが揃っていて、衣装室なんかも用意されてるぐらいだ。
覗いてみるとタキシードとか何やら色々掛けられている。メイドの話だと好きに着てくれて構わないそうで、何か採寸までされた。
それに合わせてサイズは調整してくれるらしい。至れり尽くせりだな。しかも案内してくれたメイドは俺の専属になるらしい。
「お部屋の説明は以上となりますが、何かご質問や御用付けはございますか?」
「いや、今のところは特にないかな……」
「左様でございますか、それでは何か御用の際にはこのベルをお鳴らし下さい」
そう言って机の上のハンドベルを示してくる。魔法の力が込められたベルらしく、鳴らせばすぐにこのメイドに伝わるそうだ。
「それでは、お夕食のご仕度が整い次第お呼びいたしますので、それまではどうぞお寛ぎ下さいませ」
そう言い残してメイドは辞去した。
う~ん、そうは言ってもな。とりあえずベッドにゴロンと横になる。
うん、広すぎて逆に落ち着かない。これ三人ぐらい寝ても大丈夫そうじゃね?
そんな事を考えてたら、ドアをノックする音。そのドアもなんというか豪華な作りだ。艶のある頑丈そうな木製の扉で、ドラゴンの顔を模したノッカーがついてる。
「どうぞ」
とりあえず一人でいても落ち着かないし、入ってもいいよと返事すると、扉が開かれぞろぞろと男女が入り混じって入ってきた。
何だこれ!
「やあシノブ君。うん、よかった、ちゃんと皆と同じ部屋が当たったようだね」
そしてその中で口火を切ったのは例の勇者様、まぁ、つまりユウトだな。その後ろにいるのはユウト親衛隊の四人。
そしてそれとは別に変わった組み合わせ、ケントとチユがいた。
「ケントとヒジリも一緒に動いてたんだな~いつの間にか結構仲良くなってたのか?」
「ちっ! 違うよ! カンザキ君とはたまたまあっただけだよ!」
何かチユがめっちゃ否定してるな。それはそれでケントに悪くないか?
「……ヒジリの言うとおりだ。それと、そこの勇者とも途中でばったり遭遇して行き先が同じだった」
「おいおいケントくん、勇者なんて呼び方は止めてよ。僕の事はユウトでいいから、あ、シノブくんもね、友達としてあまり他人行儀なのは良くないしね」
うん、俺たちいつから友だちになったっけ?
「……友達なのか?」
「勿論、クラスメートは全員友達! 当たり前じゃないか!」
やべぇ、いや、悪いやつじゃないんだろうけど、やっぱ結構ウザい。
「流石はユウト様です。特に今回は勇者という称号を持ちながら無職という最低のクラスになってしまったキリガクレにも手を差し伸べるその心優しさ! ユウト親衛隊隊長であったことがこれほど誇らしかったことはありません!」
眼鏡を押し上げつつ、ぐっと拳を握りしめて、マオが言う。こいつ隊長だったのかよ。
「う、うん、その、出来れば親衛隊というのも止めてほしいんだけど……」
「ご迷惑でしたか?」
瞳を潤々させて上目遣いに詰め寄ったな、マオの奴。あれはずるいぞ。
「う、と、とにかく、皇帝があっさりと認めてくれてよかったよ!」
こいつ、マオから目をそらして話をすり替えたな。
ただ、やっぱりこの口調だと。
「やっぱりユウトの影響かこれ……」
「当然でしょ! ユウト様が勇者として皇帝に願い出なかったら、あんたなんかが僕達と同じ部屋を与えられるわけがないんだから!」
なんか腰に手を当ててレナが言ってきた。人に指を突きつけるな。
「しかしユウト、いくらなんでも無茶がすぎるぞ。皇帝に直談判してきたと聞いた時は肝が冷えるかと思った。それで不興を買ったらどうするつもりだったんだ?」
マイが眉を落としてユウトに言った。この中じゃ一番の常識人だな。普通はそれを心配する。特に幼馴染なら気にして当然だろう。
「でも! 僕は友達を放ってはおけなかったんだよ! こんな差別が許されるわけがないからね! クラスメートは皆で守ってあげないと!」
本気で言ってるとしたらある意味凄いな……。
「それに、陛下は意外と話がわかる人だったよ」
「は?」
思わず顔をしかめた。あの第二皇女といい皇帝といい、どうみてもひとくせもふたくせもありそうな連中だぞ?
「だって陛下は、僕がシノブくんも平等に扱って欲しいとお願いしたら、二つ返事で承諾してくれたしね。もしかしたら最初に言っていたように皇帝も英雄ではなく僕達が召喚されて想定外の事態に戸惑っていただけかもしれないね。それなら僕達もできるだけ協力して上げないといけないかなと思うよ」
「流石ですユウト様!」
「僕たちはユウト様についていくよ~」
「す、素晴らしい、か、考えだと思います……」
俺は思わずため息をつく。本当おめでたすぎるだろ。
正直俺は今の話を聞いて不安しか覚えないな。これならやっぱあの小さな部屋で適当に過ごしながら、隠れて色々探ってたほうが楽だったかもしれない。
そういう意味では、マイも似たような考えなのかもな。幸先が不安だといいたけに額に手をやっている。
「とにかく、シノブ君にちゃんとした部屋が割当たって良かったよ。あ、明日からの訓練も君は危険だから部屋で待っている事になると思うけど、その分僕達が頑張るから安心してて良いよ!」
本当にそうだと楽だろうけどな。とは言え、笑顔で一仕事終えたように満足げな笑みを浮かべ、ユウトは親衛隊の面々と辞去した。
全く、あいつは別な意味で疲れるやつだな……。
「……中々独りよがりな奴だな」
「ケントお前、結構辛辣だな」
「……そうか?」
腕を組みながら問い返してくる。まあ、ケントは普段口数は少ないけど、それでも思ったことはそのまんま口にしたりもするタイプだしな。
「で、でも部屋が替わってよかったねキリガクレ君!」
おっと、チユが何か興奮気味に話してきたな。そんなに部屋に驚いたのか? でもチユも多分同じ部屋だよな。
ま、それはそれとして。
「俺のことはシノブでいいよ。キリガクレって長いだろ? それに俺だけ呼び捨てっていうのもアレだし」
「え? そ、そう? じゃ、じゃあ私の事も、ち、チユって呼んくれると嬉しいか、な……」
なんか最後の方尻すぼみに声が小さくなったけど、まあでもそれでいいならありがたいな。
「判ったよチユ、これでいいかな?」
「はう!」
「て! ちょ、大丈夫か? 顔赤いぞ?」
「あ、う、うん、大丈夫だよ。ちょっと暑かっただけだから」
暑い? 暑いか今? いや季節感とか異世界じゃよくわからないけど、わりと涼しい感じだと思うけどな。熱でもあんのか?
「……やっぱ鈍感だな、シノブ」
「は? 何だよそれ?」
「そ、そうだよカンザキ君! な、何いっちゃてゅるにょ!」
いや、なんか最後の方呂律が回ってなくておかしな事になってるぞ。
「でも、本当に良かったよ。さっきまでのあの部屋というか、なんか酷かったものね。本当に替えてくれないなら私の部屋に来てもらおうかなとか思ったもの」
「え!? い、いや流石にそれは不味いだろ、俺一応男だし」
「……中々大胆だな」
「はう! ち、違うの! そうじゃなくて、その、ほ、ほら広いし!」
いや、いくら広くても男女一緒は不味いだろ。どう考えても厄介事に巻き込まれそうだし。
「いくらなんでもチユに悪いし、それならケントの部屋に転がり込むよ」
「……お前、まさか――」
「え? まさかって、え?」
ケントが俺から数歩後ずさった。チユも顔を引き攣らせてる。って、おい!
「ちげーよ! そんな筈ないだろ! ケントもあんな奴らの言うこと真に受けんなよ!」
「……ああ、冗談だ」
冗談かよ! お前真顔だからわかりにくいんだよ! あんま表情に変化ないし!
「な、なんだ冗談だったんだ……」
「いや、チユも信じるなよ……」
ホッと胸を撫で下ろすチユだけど、正直心外だぞ。俺は普通に女子が好きだからな!
そんな感じで、後は適当に三人で談笑してたわけだが、するとメイドがやってきて夕食の準備が整ったと知らせてくれた。
なので全員で晩餐の間とやらに行く。晩餐って随分と仰々しいなと思ったけど、実際出てくる料理は豪華なものばかりだった。
どうやら英雄として招いているということもあって、初日は宴の意味もあったらしい。
とは言え、流石に毎日こんな豪華な料理ってわけにもいかないだろうな。
一応夕食でも特に俺だけ料理が別ということもなく、マグマ含めたあの三人は面白くなさそうな顔をしていたが、皆と同じものを食べた。
味は、異世界だから地球より落ちるって事は特にはなかったな。米と味噌汁がないのが俺的にはちょっと不満だが、贅沢もいってられない。
それに肉料理もパンも美味かったしな。ただ、流石に魚は沿岸部でもないと新鮮なものは手に入らないようで多少は用意されていたけど、塩漬けや酢漬けした保存用のものだった。
後はワインなんかも勧められたけどな。どうやらこっちでは酒の類は十二歳、つまりクラスが決まってからは自由に飲めるらしい。
ただ、俺達のいた世界では二十歳までは呑めないと伝え、俺も含め多くの生徒は断った。
ただ、あのマグマ含めた三人はちゃっかり呑んでたけどな。ユウトが注意してたけど郷に入れば郷に従えだろ! と言って聞かなかった。
まあ、ここは自己責任でいいだろと、ユウトを宥めつつ、夕食は無事終わったわけだけどな。
◇◆◇
さて、ようやく俺の時間だな。
とりあえずベッドに寝てもらってる分身に後を託し準備を始める。
ちなみに分身は残像系のではなく影分身の術で生み出した実体のあるものだ。正確には忍気を練って作り出したものだけどな。
そう、実は無職と判定されてからも俺がそこまで心配していなかったのは、あの後皆に見えない位置でこっそり忍気が練れるのか試していたからだ。
その結果――忍気が利用できることは確認できた。つまりステータス上は無職でも、俺がこれまで培ってきた忍者としての技術はなくなっていない可能性が高いと判断したわけだ。
尤も、それが百パーセントそのまま使えるのかという問題点はある。特にステータスでは身体能力がやばいことになってたしな。
ただ、これもあまり信じてはいない。なぜならあの時、ついつい熱くなってしまったあの時、マグマとの距離を一瞬にして詰めたあの動きは、地球でのものと変わりなかったからだ。
つまり、身体能力をみてもあのステータスは少なくとも俺に関してはあてにならないと考えていいだろう。
ただ、それも確証はもてないからな。だから今日のところは先ず、自分がどれだけ出来るのかを検証してみたいと思う。
「と、いうわけで、ちょっと出てくるけど、後は宜しくな」
「ああ、まあ、寝ているだけだしな」
そう言ってベッドに横になる俺の分身。影分身は俺の忍気が生み出した存在だが、記憶なんかは俺の忍気と繋がる形で共有している。
一見かなり便利な忍術なのだが、本体がメインであることには変わらないので、本体とあまり距離が離れてしまうと分身が消えてしまうという欠点がある。
まあ、尤も俺の場合、十体分ぐらいまでなら半径十キロメートル圏内であれば消えないけどな。
さて後はここから抜け出す格好だ。夕食の時はメイドに見立ててもらって礼服みたいのに着替えたが、流石にそうもいかないからな。だから普段から制服の下に身に着けている鎖帷子に黒のズボンでいくことにする。
鎖帷子は霧隠れの特注品で、忍気を込めることで防御力が強化できたり、色を変化させたり出来る。メイドが着替えさせてくれた時にもこのおかげでバレていない。肌の色と同じに出来るし調整次第で肌と同じ質感にできるしな。
さて、後は部屋から出て、当然夜が更けても見回りの兵士がいるからな。
だから、天井に先ず張り付く。通常は忍具を使う忍も多いけど、忍気が使えれば体遁さえマスターしておけば簡単だ。
体遁は肉体に関係する術が多い系統だ。体術関係もこれに含まれる。
これがあれば天井を蜘蛛やヤモリのように這って移動が可能だ。まあ、やろうと思えば普通に歩いたり走ったりも出来るけど、できるだけ目立たないようにするのは基本だしな。
当然、気配も遮断しているし、隠れ身の術で周囲の風景と同化もしている。それにしてもやってみたら特に問題なく忍術が使えてるな。
これだけでも十分と言えるのかもしれないけど、どうしてもアレは試しておく必要があるんだよな――
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