序章-サケビ-

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序章-サケビ-

二〇十七年、新緑の薫り深まる五月半ば。とある死刑囚の処刑が行われようとしていた。 仏壇が置かれた小さなスペースに連行され、端にポツンと佇む机を冷めた眼差しで見つめる人物へ、検察官が語りかける。 「今日が最期の時だ。何か言い残すことはあるか?」 「別に、何もありませんわ」 その人物は、若い――二十代半ばの女だった。腰まで届く黒のストレートヘアに、陶器の如く白い肌。検察官へ向けられた黒い目は、これから訪れる死を何とも思っていない、という程に力強い光を湛えている。検察官は更に続けた。 「やはり最後まで被害者や遺族に対する謝罪はなしか。お前の死刑執行は多くの者が待ち望んでいたことだろう。……全く、本当に冷血な殺人鬼だな。人の心ってのがまるでない」 バシン!検察官へ激しい憎悪をぶつけるように、机が叩かれた。死刑囚である彼女が、拳を叩きつけていたのだ。 目を丸くし、一瞬強く身震いした彼ら――検察官の他に、執行官や死亡確認をする医師など――に彼女は更に言葉で憎しみを吐き出した。 「、ですって? そんなもの、あいつらの方が余程持っておりませんでしたわ! 大和様を蔑ろにして、邪険にして、挙げ句あんなやり方で最後の最期まで執拗に痛め付けた!! わたしはそんな下劣なゴミ共に、大和様の苦しみを、怒りを、悲しみを、無念を! 同じ痛みを以て分からせただけでしてよ! 何にも知ろうとしなかったくせに、わたしに説教なんてしないで貰いたいわ!」 一部始終を聞いていた一人の執行官が、負けじと反論する。遠巻きに見ている残りの人員も怒りに眉を寄せていた。二人の距離は極僅か。 「……だからその事件に関してはまだ被疑者確保に至っていない! お前の話には何の根拠も証拠もないと、当時から言ってきた筈だ! 自分が相手を憎んでいるからと言って、都合良く感情論を振りかざすんじゃない!」 「何ですって!? この下種野郎が……上っ面の嘘と綺麗事を額面通りに信じ込んで、物事の本質と現実を直視しようとしない低能に、存在価値などなくってよ!!」 「貴様ァ……ッ!」 ――果てなき論争。
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