第一章

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 かつては邪神と言われ、長らく封印されてた蛇神様。  その実態は、独りぼっちで優しい変神(変人)で、男なのに女子力高くて家事上手で腹黒で甘えん坊でユーチューバーでゲームの達人で少女漫画家のスーパーアシスタントでCEOという謎属性すぎる八岐大蛇の息子。  ……はい! どうぞ好きなだけツッコんでくれ。  封印した人物の子孫だからか解けたあたしを「嫁にする」と押しかけ同居してきた(昔の感覚でいえばこれ普通)彼を、紆余曲折の末受け入れたわけだけど、やっぱ撤回しようかと思わない日がないわけでもない。  お花見という宴真っ最中の現在である。  場所はうちの神社裏手にある先祖代々の墓地周辺の花畑。「そんなとこで花見すんな!」と言われるかもしれないが、ご先祖さまたち本人もいるからなぁ。しかもだいぶできあがってる。  『邪神の監視人』として差別されてきたうちに嫁や婿に来てくれるのは、変り者ばっかりだった。人でない者が大半。人間でも普通じゃない。そんなわけで死んだ後も別種の存在になったり、またはまだ存命の人(人じゃない)が多いんだ。  自分の墓がある近くでお彼岸に酒盛りってどうよ。どういうセルフ墓参り?  見た目は百鬼夜行のどんちゃん騒ぎだし。  で、その中心人物ともいえるうちの祀り神様は何をやってるかというと。  九頭の大蛇の姿で酒がぶ飲みしてる。  大樽に八つの頭つっこみ、八塩折の酒よりアルコール度数高いのをガブガブと。  隣では友人の須佐之男命が「競争だ」って飲んでる。  何だこのシュールな光景。  ねえ、八岐大蛇って大甕に入れた酒飲んで酔っ払ったとこを須佐之男命に倒されたんだよね? あんた一応息子でしょ? そりゃ元から嫌いで、倒してもらうために須佐之男命というエキスパートを呼んだのは知ってるけど。  つい半眼になりつつも、膝の上でぬくぬくしてる残り一つの頭を無意識に撫でていた。 ☆ 「な、なんと情けない……っ」  一の配下を自任する、狼の妖・上弦さんが顔を覆って嘆く。  根がクソ真面目で命の恩人の九郎に盲従する彼は、いまだに「あの時のかっこいいお姿」とやらが抜けないらしい。  それたぶん美化90000%か幻覚だから忘れたほうがいいと思う。 「人間の膝の上で丸まるなど、猫ですか! 高貴な貴方様はどこへ行ってしまわれたのです!」 「嫁に甘えて何が悪い。そもそも俺、元々そんなキャラじゃないぞ」  どう見ても飼い蛇だね。  一本の首が酔ったフリして肩に乗っかりチロチロ舌出してたんではたいておく。どんな強い酒も効かないの知ってるのよ。 「上弦さんもいいかげん幻想捨てたら? ほら、お酒飲む?」 「それがしは酒などたしなまん。嗜好品の類など不要だ」  いつの武士だ。 「ま、そういうのは人の好みだもんね。……っと」  あたしは向こうから近づいてきた人影に気付いて立ち上がった。  待ち人来たり。  ……って、あれ?  二人は二人だけどメンバーおかしい。  一人は待ち合わせしてたよ、妖狐警察長官・美少女ツン100%な綺子ちゃん。  でももう一人は。 「巧お姉ちゃん?」  男のような名前だが、彼女はれっきとした女性である。  私服警官はにっこり笑った。 「やっほー、東子ちゃん」  彼女は人ならざるもの関連の事件を担当する警察の秘密部署所属の特別捜査官だ。だから私服。  姉、と言っても本当の姉じゃない。母方の親戚のお姉ちゃんだ。  妖と人間の親を持つ彼女は生まれつき人外の力があり、特にアイテム製造を得意とする技術屋。実際に捜査するよりも、ラボで犯罪に使われた物の解析をしたり、捜査官に配備する武器を作っている。それがなぜここに。  外見は綺子ちゃんの隣に立っても埋もれない美人。ツンキャラな綺子ちゃんと違い、おっとりした正統派。少年漫画の王道ヒロインといえば分かりやすいかと。  ただ、中身が王道じゃないんだな……。 「ねえ東子、ついでに聞きたいんだけど来月コレ着てイベント参戦しない?!」  バー――ン!と効果音付きで出されたのはコスプレ衣装。  某漫画のキャラが着てた、青基調のクール系着物ドレスだ。 「…………」  あたしだけじゃなく周囲の全員が沈黙した。  ……これがアレなんだよねぇ。  そう、彼女はコスプレイヤー。しかも自分で衣装自作するというタイプである。無駄に技術あるだけにレベルがハンパなく、その世界では神と呼ばれるほどだそうだ。  あたしはため息ついて、いつもの断り文句を口にした。 「あのね、あたしはやらないよ」 「なんで?! クールかツンデレキャラがめちゃくちゃハマるのに!」 「ほう、再現度がすごいな」  縫製とかじっくり見て食いついたのは祀り神様だ。オイ、かなり待て。 「相当な腕だ。東子、着てみてくれ。俺が見たい」 「誰が着るか! 九郎、あんたこれ何のキャラか分かって言ってるでしょ?! アシスタントやってるんだから。良信おじいちゃんの漫画に出てくるキャラよ。先祖の少女漫画家が描いてるのコスプレなんかするか!」  むちゃくちゃ複雑だわ。 「大丈夫、九郎さんのも用意してあるわ。抜かりはないわよ。夫婦でやれば恐くない!」 「赤信号みんなで渡れば怖くないみたいな言い方しないで?!」 「俺のはどれだ? ああ、この軍服か。悪くないな。東子、着たら惚れなおす?」  ためらうどころかウキウキして白軍服を手に取る神様。ほんとに神かお前は。 ていうか似合いそうで嫌だ。巧お姉ちゃんも実に巧妙なチョイスしてくるな。 「惚れてないから惚れなおすことはありえない。あと、あたしは恐くてやりたくないんじゃない! 恥ずかしいの!」 「一度やれば恥ずかしさなんて雲散霧消するわよ。これであと一人、ていうか一匹いればあのシーンが再現できるのになー」 「一匹?」 「忍犬。でもうち犬いない……し……」  ふいに巧お姉ちゃんは尻切れトンボにしゃべるのをやめた。  どうしたのかと思えば、なぜか上弦さんを凝視している。  上弦さんが狼の姿なら分かるけど、今はヒト型だ。あたしみたいな目を持ってない巧お姉ちゃんには、人間でないことは気配で分かっても何の妖かまでは分からないはず。 「ゲン!」  叫ぶといきなり抱きついた。  上弦さんがぽんっと狼の姿に戻る。どういうわけか青くなっていた。 「ああああ、懐かしい手触りーっ! これよこれ! 思い出したわよゲン!」  飼い主が飼い犬にするようにこねくり回す。 「やめろおおおおおお!」  上弦さんは悲鳴をあげつつも、されるがままだ。逆らえないのかな?  呆然としてるあたしらを無視して巧お姉ちゃんはまくしたてる。 「あー、あんたまたちゃんと洗ってないでしょ。ゴワゴワじゃないの。うちに来なさい、風呂つっこむわ。犬用シャンプーでふわふわにしてあげる。あの頃もそういうのあればねー」 「ムクロジの実の泡で洗いおったよな貴様は!」 「だって当時石鹸なんてないし」  ……あのー? 話が見えない。  そこではたと気づいた。  半分人間じゃないせいか、巧お姉ちゃんは他にも特異な点がある。前世の記憶が一部あるってことだ。どうやら前世もそういうアイテム職人だったそうで、当時の知識と経験値を生かして今働いてる。  といっても全部覚えてるわけじゃなく、わずかなものだそうだ。  ―――職人で上弦さんの知り合い。ということは。 「巧お姉ちゃんってまさかトラブル起こしまくってた頃の上弦さんを封じたっていう職人だったわけ?」 「そーよー。今思い出したんだけど」 「前世深く関わった者と会うと、記憶が蘇ることがあるからな」  のんびり言う九郎。  さては知ってたな? 「あんた知ってたなら言いなさいよ。職人っていうから、男性だと思ってた」  そういう世界って男の世界って人が多いよね。 「女のくせにってよく言われてたわ。やぁよね」 「そんな中でも腕がいいって言われてたんだからすごいね。……そうだ、巧お姉ちゃん。あのさ、上弦さんって巧お姉ちゃんには逆らえないのね?」  当時のいきさつからして。  巧お姉ちゃんはにっこりして言った。 「そうね、ペットと飼い主の関係よ」 「誰がペットだ失礼な!」  ううむ、昔からこの人ただ者じゃないと思ってたけど、上弦さんをここまで抑えられるとは。 「飼い主と再会できてよかったな。こいつよろしく頼む」  あ、一番最初に拾った飼い主が譲渡した。 「もちろん。だってゲンはうちの子ですもん。ゲン、お帰りー」 「やめろおおおおお、それがしに触るなああああ!」  どう見ても飼い主に抱っこされてる、素直じゃない大型犬。 「巧お姉ちゃん、上弦さんお願い。これからの会見、一番の不安要素だったんだ」  巧お姉ちゃんはすぐさま理解して、 「OK、ちゃんとリードつけとくわ。さあ、久しぶりにモフらせなさい。わしゃわしゃわしゃ―――っ!」 「ぎゃあああああああ!」  撫でまわされても抵抗してない。あの、常に人に対して剣突きつけてるような上弦さんが。  すばらしく優秀なトレーナーが見つかってよかったよかった。  あたしは九郎の首を一つ引っ張った。 「さ、行くわよ」
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