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第三章
「―――九郎。泣けば」
ぐりぐりと肩に頭押しつけてくる蛇神に声をかける。
「……なんで」
「こういう時は泣いていいのよ」
「……恥ずかしい」
「どうせ誰も見てないでしょ」
ぴたっと動きが止まった。
「さっきから神通力で周囲に結界張ってるじゃないの」
「……バレてた」
当たり前。あたしの『本質が見える』目で感知できないわけがない。
そもそも九郎にとって異母姉の件はトラウマだ。再会したら何するか自分でも分からず、現場を見られたくない気持ちは理解できる。
「ていうか、そうでなきゃあんたの忠犬がわめいて話どころじゃないでしょ」
とっくに怒鳴り込んでるわね。
「確かに」
「ね。だから思う存分泣きなさいな」
「……うん」
九郎はしばし無言でぎゅーっと抱きついていた。あたしもさすがに大人しくそのままでいた。
落ち着いただろうところで、ぽんぽんと頭をなでる。
「さ、みんなのところへ戻ろうか」
「うん」
自然と手を差し出せば、彼はうれしそうに握り返した。
☆
結界が消えてあたしたちが見えるようになった途端、上弦さんが暴れ始めた。
「九郎様あああああ! あの女と会われてたんですと?! 許せん、どこだ!」
口調は荒くても、現実は巧お姉ちゃんに抱っこされてジタバタしてる大型犬。
むしろちょっとかわいく見える。
「あー、知っちゃったの。まぁもういいけど終わったし。お姉ちゃんも制止ありがと。首輪で言うこと聞かせるのはあんましたくなかったから……って、え。物理的に止めてたんかい」
頬が引きつった。
上弦さんの体にメジャー巻きついてるんですけど。
そして巧お姉ちゃんは真剣にサイズを測っている。何のためかはきかなくても分かる。
そういえばいつもメジャー携帯してたな。他にも出先で仕事入った時のために、最低限の商売道具は持ってるんだよね。ほら、人外の事件っていつどこで起こるか分からないじゃない。
ていうか、狼の状態のサイズ測るってことは、犬用の服作るってこと?
犬のキャラコス? それとも普通の愛玩犬用?
どっちにしろちょっと見てみたい。
「だってどうせ測りたかったし」
「いい加減に離せえええ!」
「だーめ。ゲンはうちの子なのー」
わしゃわしゃ。よしよし。
うむ、本当にいいうちにもらわれたねぇ。ほっこりする光景である。
「落ち着きなよ上弦さん。仲直りしたし。それにもう二度と会うことはないと思う」
「仲直り!? それでいいいのですか九郎様! あの女は貴方様にとんでもない仕打ちをしたというのに赦しておしまいになるので?!」
「いいんだよ」
短く言う九郎の顔は晴れ晴れとしていた。
「ようやく肩の荷が下りたか。よかったな。ホレ、祝いの酒飲め」
盃勧める須佐之男命。彼もホッとしてるようだ。
というかまだ飲むのか。
「九郎様!」
「巧お姉ちゃん、これパス」
買っといた犬用骨ガムを渡す。お姉ちゃんはうなずいて、すばやく上弦さんの口につっこんだ。
「はいはい、ゲンはこっちねー。ところでいくつかデザイン画描いたんだけど、どれ着たい?」
横から眺めて色々ツッコミたくなった。
「……お姉ちゃん。これ全部良信おじいちゃんの漫画のキャラ。ヤメヨウヨ、ホカノニシヨウヨ」
マジでやめてください。
「いいじゃない。よーし、やる気出てきたあああ! これからは毎日服作りよっ。ゲン、いっぱいお着換えさせてあげるからね。そんで写真撮ろう再現シーンやろう!」
「やらん!」
これはあたしも同意しなくもない。
「大丈夫、出勤時はちゃんと警官っぽい服着せてあげる」
「警察犬は服着てないよお姉ちゃん。って、仕事場にも上弦さん連れてくの?」
巧お姉ちゃんは当然とうなずいた。
「ゲンにおうちで一人お留守番なんて寂しいことさせないわ。それに捜査に役立つでしょ。ゲンは普通の犬じゃないんだから」
「ああ、新聞にも載った『お手柄ワンちゃん』だもんね」
ワンちゃんが吠えた。
「それがしは犬ではなく狼だっ!」
「そういえばそんなニュースあったわね。私は裏方で直接捜査に関与しないからあんま詳しく見なかったわ。見てればもっと早くゲンのことお迎えに来れたのに、ごめんねー。そうだっ、『お手柄ワンちゃん』ってのぼりもつけよう」
「いらんわあああああ!」
本気で嫌がる上弦さん。
「まぁその件で有名だから、警察犬として就職するのもさほど難しくないだろう。なんなら俺からも口添えしといてやる。妖狐警察にも話を通しておこう」
「ありがとうっ! ゲン、よかったわねー、いつも一緒よ!」
「いやだああああああ!」
ぎゅうぎゅう抱きしめられてジタバタする大型犬。
一応きいておく。
「保護観察中なのに人間の警察んとこ就職していいの?」
「そこの彼女が常に監視してくれるのだからむしろいいだろう。彼女なら押さえられそうだ。それに少しでも人の役に立てば刑期が短くなるかもしれん」
そういうことね。
前のご主人様と今のご主人様双方の許可が出ました。ということで、上弦さんはめでたく警察犬にジョブチェンジしました!
おめでとう~、ドンドンパフパフ(効果音)。
須佐之男命が杯を飲み干しながらつぶやく。
「……とか言って、ほんとの理由は別だろ」
「何がです?」
「こういうことだよ、トーコちゃん。上弦をあの女の子んちに行かせて定職に就かせれば、これまでみたく頻繁に押しかけてこれねーだろ? トーコちゃんから引き離したかったんだよ、こいつは」
……はぁ?
眉を寄せて九郎を見た。
「だって巣に他のオスが侵入してくるのは我慢ならない」
「分かるけどな。オレだって家の周りに八重垣築いたし」
オイちょっと待て。この前みたく監禁の方向に話持ってくんじゃないわよ?
そうなったら全力で阻止しよう、とそっと須佐之男命の妻・クシナダヒメとアイコンタクトした。
「剛力さんや流紋さんだって男性じゃん」
「あいつらの好みのタイプは全然違うから心配してない」
逆にどういう子が好みなのか知りたくなってきた。
あたしはため息ついて、
「あんたねぇ。あたしは美人でもないし、上弦さんには嫌われてんのよ。そんなことありえないってば」
「東子は美人だよ」
「はいはい。ほら、楽しくお花見お花見」
なおも言いつのろうとする蛇神の口に饅頭を押し込んだ。
あぐあぐ。まんじゅうこわい。うまうま。ごくり。
それでなぜかご機嫌直ったらしい。にこにこして、
「東子―、もっとちょーだい」
「はあ? 自分で食べなさいよ。って何がそんなにうれしいの?」
よく分かんないけど先祖一同と雪華さん・剛力さん・流紋さんがそろって「やってあげて」とジェスチャーしてるからやってあげた。これ奉納かな?
上弦さんだけは巧お姉ちゃんに思う存分撫でまわされつつも「九郎様おやめくださいいいいい」と叫んでた。
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