3.よこしまな真実

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「もしもし、どうしたの? そう…仕方ないわね、分かったわ」 子どもを諭す母親のような声で、珠輝は電話に対応する。 けれど、表情からそれは、恋人とのやり取りであることが見て取れた。 第一、独身の珠輝に子どもはいない。 小さくため息をつくと、立ち上がったばかりの椅子に座り直した。 「予定が無くなっちゃった。今月末の棚卸しに備えて、少し残業するわ」 「手伝います」 「ありがとう。切羽詰まった作業じゃないから大丈夫よ。天崎さんは、タイムカードを押して帰ってね」 天神屋デパート地下フロアのメイン照明が、一斉に落ちる。 ほとんどのブースが閉店業務を終えており、対面に見える『かや乃寿司』にも、すでに人の気配はない。 珠輝が残った『マダム・ヨー』の一画だけが、スポット照明の仄かな明かりに包まれていた。
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