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「やっちゃうなぁ、これは。もう、やっちゃったかも。紗奈ちゃん、ああ見えて肉食女子だから。英治君も、私とノブコさんだけじゃ、満足できないのかしら」
「知っていたんですか? 佐田さんが既婚者だということも…」
「知ってるわよ。何か、問題ある?」
「え?」
「『奥さんと別れて、私と一緒になって』と要求したわけでもなく、金品をねだったこともない。性的欲求を満たしてあげているだけで、いわば奉仕作業よ」
「奥さん…ご家族に 対して、罪悪感はないのですか?」
「罪悪感? 単身赴任中のストレスを解消できているお陰で、彼は帰省中の家族サービスを円滑にできてるの。感謝してもらいたいくらいだわ」
「…佐田さんを愛してはいないのですか?」
「愛? 愛情をかけたところで、何か見返りがあるの?」
ふてぶてしく開き直る目の前の女は、本当に珠輝なのだろうか。
凛とした佇まいながらもユーモアに溢れ、少女のように無邪気に振る舞う職場での姿を、今は微塵も感じられない。
「天崎さん、あなたも私と同類かと思っていたわ。美貌をカムフラージュするために、堅い性格を装っているのだと…でも、見当違いだったみたいね」
全く悪びれることなく、珠輝は優雅にコーヒーを飲み干す。
その目前にカフェオレ代を差し出すと、倫音は無言のまま立ち去った。
「どうして、わざわざ生き辛い道を歩くかな…紗奈ちゃんくらいユルく過ごせたなら、幸せになれるのにね」
後ろ姿すら1ミリの隙もなく美しい歩き姿を眺めながら、残された珠輝は、独りつぶやいた。
「純粋なのは素敵なことだけど…それだけじゃ、世の中渡っていけないのよ」
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