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聞き覚えのあるバイクのエンジン音が、微かに聞こえてくる。
あっという間に傍らを走っているのかと思うほどに近づくと、ゆっくりと予想通りに速度を緩めた。
少しうるさいその音がピタリと止むと、外付けされたアパートの鉄階段を慎重に踏みしめる足音に変わる。
歩みはドアの前でピタリと止まり、遠慮がちに3度のノックをする。
『幸福荘』に呼び鈴の備えは、ない。
僅かに開けた玄関ドアの細い隙間から、待ちわびていた人が顔を覗かせた。
「この度は…」
安堵したように無言で頷いた倫音は、声の主であるタカシを部屋へと促しながら、か細い声を絞り出した。
「どうぞ…」
その先にある小さな簡易祭壇の上には、わずかの花と骨壺の包み、美しい中年女性の遺影が飾られている。
初めて対面する倫音の母に、タカシは静かに手を合わせた。
「遅れて、ごめん。葬儀は…」
「直葬にしてもらったんです。母の意向で…」
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