下手な失恋

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 彼女がいることに気付いたのはバスの席に座ってからだった。  運よく列の先頭に並んで窓側の一人席を確保でき、腰を下ろした瞬間、窓の外に彼女が見えた。  彼女は別のバスを待つ列の最後尾に並んでいて、少しだけ目を伏せて立っていた。その立ち方だけで僕は彼女だとわかったけれど、どうすればよいのかわからなくて、ただ眺めるだけだった。 高校を卒業してから一度も彼女の姿を見ることはなかった。けれどその身をつつむものが制服から流行りのコートに変化しても、綺麗だった。  髪色は明るめの茶色になっていたけれど、肩にかからないショートボブの髪型は高校時代から変わっていない。白い肌にほんのりと赤みのさした頬で化粧をしているのが分かる。はっきりとした赤の唇は動いていないのにとても滑らかだと感じた。そして彼女のいる空間は静寂が保たれていた。  彼女の静かな美しさに見とれるうちに、バスは動き出した。手を振ってみようかとも思ったが、腿の横に置いた手はぴくりと動いただけで少しも上がらなかった。 全く何の行動できなかった僕は、自分に対して悲しみの感情を抱く前に苦笑してしまう。  バスはゆっくりと道路を流れていく。彼女は何も気づかず、僕は何もできず離れていく。もし彼女は僕に気づいたとしても大した反応はないかもしれない。高校で一度隣の席になっただけの人間を覚えているだろうか。  いや、彼女はきっと覚えている。僕はそう断言できる。だけどそれは僕に対する思いからではなく、彼女は誰にでもそうだからだ。誰とでも話し誰とでも笑うことができた彼女にとって僕は、クラスメイトの一人でしかない。その明るさに惹かれた僕は、街灯にまとわるただの飛行虫のようなものだ。  飛行虫。本当に周りをふらふらしているだけだったと思い出し、また苦笑してしまう。ただいつもより苦みは強かった。  バスは小さな震えを起こしながら進んでいく。くすくす笑うように、何かを怖がるように。 あの頃に戻れたら今度はうまくできるだろうか、ふと思った。 うまくやるって何を?すぐに疑問の声が上がる。彼女を眺めることをだろうか。彼女と会話をすることだろうか。 結局のところ、僕は彼女に好意を伝える勇気がないのだ。どれだけ後悔しようとも、どれだけ過去を振り返っていても。自分には不相応だと結論付けて、高嶺の花だと決めつけて、触れることを試しもしなかった。 信号が赤に変わり、バスは止まった。だがバスの振動は止まらない。相変わらずぶるぶると揺れが伝わってくる。
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