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「おい、桃じい」 「何じゃ?」 「こんな服じゃ、佳夜ばあ月に帰っちまうぞ?」  佳夜ばあの葛籠から取り出した、やはり虎柄の袖なし単衣を見せる。事の重大さを悟ったかのように、桃じいは顔つきを変じた。 「……この桃太郎、悪行三昧の不埒(ふらち)な鬼どもを刀の錆にしてくれよう」  眼鏡を取り去った『伝説の桃太郎』の瞳に本気の炎が宿るのを、桃一は目撃した。鬼ヶ島終了のお知らせ。きっと桃じいは鬼太のような子供にも容赦しないだろう。 「桃一。すぐに身支度を済ませよう」 「あ。どうしよう桃じい。着ていく服がない」 「この際虎柄でよしとしないか」 「絶対い・や・だ」 「そう言えば、鬼には先日の菓子の礼もせんとな。返礼の品を渡してから退治するべきか……」 「何で変なとこで律儀なんだよ」  二人のやりとりを、いつから起きていたのか、佳夜ばあがニコニコと見守っている。この年齢不詳の穏やかな笑顔の裏で、意外と(はらわた)が煮えくり返っていたりすることがあるので油断できない。  その時、桃一の家から五十歩ほど離れたお隣さんの方からも、天下の一大事のような絶叫が聞こえてきた。服が虎柄になったのは桃一達だけではなかったらしい。一体、どれだけの人が被害に遭っていることやら。  ……。 「今日のところは、この渡羅(とら)でよしとしてやるか」 「沙羅っぽく言ってもただの虎柄だぞ」 「気分が下がること言わないでよ桃じい」  桃一は観念して虎柄の着物に袖を通した。着替えている内に、桃じいの腕は鈍っていないのかとか、こんな服でも格好よく見えるのかとか、本当に鬼がやったのかとか、小さな不安がぽつぽつと湧き上がってきた。  ただ、一つだけ自信を持って断言できることがある。  間違いなく、今日も鬼退治日和だ。  
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