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起
昔むかし、瀬戸内の某国。というのが有力だが実際はどこか分からないあるところで。
一人の長髪の若者が「衣服百景」と題する本を読みながら家でゴロゴロしていた。彼はスラリとした健康的な体と恵まれた顔立ちの持ち主で、それを最大限に生かす着こなし術を日々追い求めていた。
その日はとてもいい天気だった。暑すぎず寒すぎず、お天道様も出ている。外出するにはもってこい。
「俺、鬼退治に行こっかな」
その若者、桃一が涼やかな目を本から離さずに言うと、一家の主、桃じいは飛んで驚いた。
「何じゃと?」
「だって銭ないし。弓黒の新作服買いたいのに。鬼退治って儲かんだろ?」
桃じいこと桃太郎は、若い頃は鬼退治の英雄として瀬戸内(仮)にその名を轟かせたらしい。束ねた髪は今や総白髪だったが、ピンとした背筋は全く年を感じさせない。
当時は、戦利品の金・銀・玉・珊瑚・虎柄の反物や、差し入れのうどん・すだち・くわいのお陰で、かなり潤っていたそうだが、それも昔の話。現在の桃一達は、桃じいの稼ぎに支えられて慎ましい生活を送っていた。
ちなみに、桃一は稼ぎには出ていない。なぜ働かないのか。桃じいが持ってくる仕事が「格好悪い」「稼げない」「過酷」の三つの「か」を満たすものばっかりだから仕方ないのだ。
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