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台所からドンと叩きつける音がして、僕の昼寝が妨げられた。
そうかと思えばまた静かになり、スマさんの独り言がぶつぶつと聞こえてくる。
気になるが、かれこれ一時間ものあいだ台所に籠っているので、邪魔するわけにもいかない。
ようやくスマさんが居間に戻って来たのは、三時を少し過ぎた頃だった。
やれやれと言いながら持って来たのは皿一杯に積まれた丸パンだ。
見た目は全体的に白っぽい。
僕が見た事のあるパンとは少し様子が違うようだ。
スマさんはそれを「うーん」としかめっ面で首を傾げて食べていた。硬いのか、何度も何度も噛んでいた。
「まぁ、形になっただけ上出来さ」
僕がじっと見ていたのに気づいたのか、欠片を僕にも分けてくれた。
ぽそぽその乾ききったパンは、僕の口の中の水分を全部持っていった。
それからスマさんは毎日パンを作っていた。
もちろんすぐに上手くなるわけもなく、何日も乾燥したパンが出来上がり、そうかと思えば妙にへしゃげたパンが出来上がったり。
スマさんは分けてくれなかったが「火が通っていない」と自嘲気味に笑っていた日もあった。だけど、スマさんは毎日作り続けた。
丸パンから、ソーセージパンになったり、カボチャを練り込んだ渦巻パンになったり。
成形に失敗して、クリームパンの中身が全部出てしまった時もあった。ベーグルはまたかちこちで、まるで僕の犬用ガムみたいな硬さの時もあった。
「駄目だねぇ」
なんて言いながらも、スマさんはノートに色んな数字を書いては消し、また書いては消しを繰り返す。
少し上手く出来た時は僕にも分けてくれる。
「明日は何のパンを作ろうか」
二人並んで、淡いパイナップル色に染まる空の下を散歩する。
向こうから男の子が自転車で爆走してくる。
その後ろを父親らしき男性が息を切らして走ってくる。
男の子はペダルを力いっぱい漕いで「ふぉー」と甲高い奇声を上げながら、僕の脇を駆け抜けた。
通り過ぎざまに吹いた風で、スマさんから甘い匂いが漂う。
毎日パンを作っているせいか、甘くて、少し小麦粉の匂いがした。
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