第1話 天国から地獄に突き落とされました

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第1話 天国から地獄に突き落とされました

パンフレットの束を小脇に抱えて、私はオフィスを出た。 腕時計を見ると、夜の7時5分前。待ち合わせの時間にはぎりぎり間に合いそう。 オフィスビルを駅とは真逆の方向に歩き、2つめの角を右に曲がると、私の背の高さほどある観葉植物と、手書きのメッセージが書かれた黒板が見えてきた。 窓から店内を覗き込むと、見慣れたシャドーストライプのスーツが視界に入る。 彼がもう来てるのを確かめて、私はグリーンの扉を押した。 「いらっしゃいませ」 カウンターの中から、甘く低い声で、私を出迎えてくれるこの店のマスター。 サイフォンで淹れられるコーヒー。 それらは普段と何ら変わりない風景だった。 いつものブレンドをオーダーして、私は淹れたてのコーヒーをトレーに載せ、彼が待つ窓際の奥の席に向かう。 彼は宮本透。同い年で同期の彼とは、付き合って3年目。 3か月後には、結婚も決まってるから、婚約者と言った方が正しいかもしれない。 双方への挨拶を済ませ、式場を予約し、新居もほぼ決めた。今日はこれから新婚旅行の計画を立てるところ。 幸せで夢いっぱい。ウェディングハイなんて陰口叩かれないように、仕事はきっちりしてたけれど、スキップしたくなるくらい、舞い上がってる。彼も同じだと信じてた。 けれど…。 「お待たせ」 私が言って座った時から、けど、妙な違和感はあった。 「あ…ああ、お疲れさま」 透は額の汗をミニタオルで拭いながら、私から目線を少しだけずらした。 外は6月。確かに今日は蒸し暑いけど、この中は空調も効いていて、涼しいのに。 「暑いの?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど」 「そう。ならいいの。新婚旅行どうしようか。パンフ持ってきたの。どこがいい? ヨーロッパもオーストラリアも行っちゃったから、私の希望はカナダかブラジルなんだけど」 言いながら、私はカフェにしては大ぶりの木のテーブルに、持っていたパンフレットを並べる。 「カナダかブラジル…何でそんな極端な…いや、それより新婚旅行なんだけど、行けないかもしれない」 深刻そうな顔で透は言って、また汗を拭った。 「え、なんで? 休み取れなそう? 厄介な商談入ったとか?」 「そういうわけじゃなくて…」 いつも以上に煮え切らない透の態度に苛々してくる。 「じゃあ何で?」 私は声を荒げて、透に詰め寄った。 付き合って3年。気が強い私と、おっとり穏やかな透。 性格は真逆な方がうまく行くってよく言う。 だから私が主導権握ってうまく行ってるものだと思っていた。 けれど、それは私の大きな見積もりミスだったみたい。 透は景気づけみたいに、アイスコーヒーを一気に飲んでから、真剣な顔でこう言った。 「咲良との結婚自体を白紙に戻してほしいんだ」
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