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普通なら、3年も付き合って、結婚間近だった男に突然フラれたら、泣いて泣いて、会社だってずる休みしてしまうと思う。
それがまるで、逆に堂々と会社に行って、彼を追い詰める――そんなことが出来るくらい、頭切り替えられたのは、マスターのおかげ。
あの時追いかけてきてくれなかったら、きっと惨めさを引きずったまま、家に帰って、うじうじ菜津子に愚痴るくらいしか出来なかった。
今朝こうして、おいしいコーヒー飲めるのは、マスターのおかげだ。
「そんなことないです。マスターのおかげで失恋のショックが半減しました」
「大げさです。けど、いいことありました? 御園さん、すっきりした顔してる」
流石です、マスター。
「復讐は順調なんですか?」
マスターが悪戯っ子みたいに、私に微笑みかける。
「はい、着々と彼を追い詰めてます。とりあえず、職場の居場所はなくせるかもしれません」
「すごいですね」
マスターの切れ長の瞳が、驚きで大きく見開かれた。
ホントにびっくりしてるらしい。短期間でそこまでやるとは思ってなかったのかも。
「慰謝料ももちろんぶんどってやるつもりなんですけど、私いい弁護士さん知らなくて…。やっぱり婚約破棄されました、って法テラスに駈け込むしかないですかね」
「ああ…」
普通に生きてたら、弁護士とか縁がないもんなあ。
税理士だったら、この間、菜津子が合コンやってたから、ツテありそうなのに。
「でしたら、お役に立てるかもしれません」
「え」
まさかマスターにお世話に気はなくて、世間話のつもりでいたから、驚いた。
「知り合いに一人、弁護士の方がいるので。良ければご紹介しましょうか」
「い、いいんですか?」
思いがけない申し出に、がっつり食いついてしまう。
「あ、ちょっと待ってくださいね」
そう言って、マスターは一旦店の奥に消える。
5分程して戻ってきたマスターは、白いメモ紙に、弁護士事務所の名前と連絡先を書いて渡してくれた。
「今日の午後3時頃なら空いてるそうです。あとで直接コンタクト取ってみてください。猛獣みたいな人ですが、仕事はきっちりしてくれる方なので」
…も、猛獣みたいな弁護士? ってどんなんだ。
マスターの言葉に、一抹の不安を覚えつつ、私はそのメモを大切に手帳に挟んだ。
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