第5話 未知なる猛獣との遭遇

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普通なら、3年も付き合って、結婚間近だった男に突然フラれたら、泣いて泣いて、会社だってずる休みしてしまうと思う。 それがまるで、逆に堂々と会社に行って、彼を追い詰める――そんなことが出来るくらい、頭切り替えられたのは、マスターのおかげ。 あの時追いかけてきてくれなかったら、きっと惨めさを引きずったまま、家に帰って、うじうじ菜津子に愚痴るくらいしか出来なかった。 今朝こうして、おいしいコーヒー飲めるのは、マスターのおかげだ。 「そんなことないです。マスターのおかげで失恋のショックが半減しました」 「大げさです。けど、いいことありました? 御園さん、すっきりした顔してる」 流石です、マスター。 「復讐は順調なんですか?」 マスターが悪戯っ子みたいに、私に微笑みかける。 「はい、着々と彼を追い詰めてます。とりあえず、職場の居場所はなくせるかもしれません」 「すごいですね」 マスターの切れ長の瞳が、驚きで大きく見開かれた。 ホントにびっくりしてるらしい。短期間でそこまでやるとは思ってなかったのかも。 「慰謝料ももちろんぶんどってやるつもりなんですけど、私いい弁護士さん知らなくて…。やっぱり婚約破棄されました、って法テラスに駈け込むしかないですかね」 「ああ…」 普通に生きてたら、弁護士とか縁がないもんなあ。 税理士だったら、この間、菜津子が合コンやってたから、ツテありそうなのに。 「でしたら、お役に立てるかもしれません」 「え」 まさかマスターにお世話に気はなくて、世間話のつもりでいたから、驚いた。 「知り合いに一人、弁護士の方がいるので。良ければご紹介しましょうか」 「い、いいんですか?」 思いがけない申し出に、がっつり食いついてしまう。 「あ、ちょっと待ってくださいね」 そう言って、マスターは一旦店の奥に消える。 5分程して戻ってきたマスターは、白いメモ紙に、弁護士事務所の名前と連絡先を書いて渡してくれた。 「今日の午後3時頃なら空いてるそうです。あとで直接コンタクト取ってみてください。猛獣みたいな人ですが、仕事はきっちりしてくれる方なので」 …も、猛獣みたいな弁護士? ってどんなんだ。 マスターの言葉に、一抹の不安を覚えつつ、私はそのメモを大切に手帳に挟んだ。
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