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「はああああ?」
実はこれ、私が見てる夢なんじゃないかな、そうであってほしい。
罵る言葉も出てこない私に、透は更に続けた。
「別れてほしい」
コーヒーとアイスオレを横にどかして、透は両手をテーブルについて、深々と頭を下げた。
気が付いたら私、立ったままだった。
透の襟足がまざまざと視界に入って、やっとそのことに気が付いて、私は席に座り直す。
「いつから?」
「へ?」
「いつから白井さんととそういう関係なの?」
「ああ…。年度末に僕が仕事でトラブって、咲良にフォローしてもらったことがあっただろ?」
「あったっけ」
「あったの!」
ああ…取引先から透にダイレクトにされてた注文、発注してなかったアレかな。
「けど、アレだったら…私が工場に直接掛け合って…」
「そう、咲良に助けられたよね。お前のカミさん、有能でいいな、って、俺、フロアの奴ら全員にからかわれた」
「…事なきを得たからいいじゃない」
何で透が傷心な顔してるのか、理解できない。
「あのさ、咲良には男のプライドとかわかんないの?」
「……」
あの時、確かに私がフリーで一番動ける立場にあったから、会社から即社用車飛ばして、工場まで駆けつけたんだけど、それは透の役に立ちたい、って思いもあったからなのに。
こんな何か月も経ってから、なんで実はあの時『僕のプライド傷つきました』みたいな言われ方しなきゃいけないの?
「落ち込んでた俺を白井さんが慰めてくれたんだ」
「…ベッドで?」
「…いや、バーで飲んでて、白井さんを家まで送って行ったんだけど、その時…部屋まで上がってください、ってなって…」
「そこは遠慮しろよ」
「俺も軽率だったなと思うんだけど」
「で、ヤッちゃったんだ」
「そういう言い方やめろって。まあ、俺も彼女も酔ってたし、流れで…」
「流れで避妊もしないでヤル?」
「…さ、咲良。ここ、人目もあるんだから」
透が周りを気にして、私に声のトーンを落とせと言う。
誰より外聞悪いことしてるのに、今更誰に気を遣ってるんだ、この男。
「避妊はしたよ! ちゃんと。彼女の家にあったゴムで…」
「針で穴でも開けてたんじゃない?」
「咲良!」
だって、変じゃん。私とだって何回も何回もことに及んでたのにさ。
「何回?」
「え」
「何回ヤッたの?」
透は大きくため息をつく。とは言え、私の蓮っ葉な表現を改めさせるのは諦めたらしい。
「その時含めて3回」
「ふーん」
頬杖ついて、私は透の顔を意地悪くじろじろ見た。
「本当に咲良には悪いと思ってる」
「……」
だったら。さっきのばかな発言撤回しなさいよ。
そんな言葉が喉まで上がってきては、胸に押し戻される。
透が発言撤回しても、婚約破棄を破棄して、予定通り私と結婚することになったとしても、きっと透の気持ちは、私にはもうないのだし、私もここに来る前と同じ重さで、透のことは愛せない。
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