第1話 天国から地獄に突き落とされました

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透は謝って項垂れた体勢のまま、次の言葉を紡がない。 ついさっきまで、あんなに話していたのに、水を打ったように静まり返った私たちのテーブル。 流れる沈黙を破る様に、周囲の視線とひそひそ声が入ってくる。 「え、何、あそこ別れ話?」 「女、超強そう」 「確かに!」 「男の浮気?」 「けどあの女の人、綺麗だけどさ、怖そう」 無責任な憶測。面と向かって語り掛けられてるわけでもないから、いちいち反論も出来ないのがうざったい。 何なの? どうして今、私、ここにいるの? 何で、こんなことになったの? 惨め。 「もう、いいよ、謝られても困るし、顔上げてよ」 透の首筋眺めてても、何も始まらない。 私はそっけなく透に言う。 「…咲良!」 別れてくれるのか。と透の瞳が輝いた。 心を真っ黒に塗りつぶされた私には、その光が眩しくて、無性にムカついた。 「咲良にはさ、俺なんかより、絶対いい奴がいるって。俺が保証するから」 今の今まで付き合ってた男に、そんな保証されて、喜んだり安心する女がいると思うか? はぁ~。仕事は熱心な割には空回る人だと思っていたけれど、ここまで無神経なばかだったとは…。 泣いて「お願い、捨てないで」と縋り付くのも、私のキャラじゃない。 どうしてくれようかと3秒程考えてから。 「バイバイ」 一言言うと、飲みかけのホットコーヒーを透の顔にぶちまけた。 髪や顔、スーツの襟元に琥珀色の液体が掛かって、独特の匂いが私と透の間に立ち込めた。 「咲良…ぁ」 情けない透の声を背中に聞きながら、私はカフェを出た。 今度は周囲の興味と好奇心は透に一気に注がれてるだろう。 そう思って少し離れた場所で、中の様子を窺う。すると、これ見よがしな白いハンカチを持って、誰かが透に駆け寄った。 …美雪だ。 近くで待ってたんだ。話の流れによっては、美雪も私の前に出てくるつもりだったのかも。 美雪は透の髪の汚れをハンカチで拭きとる。どーせ、私は白いハンカチとか似合わないタイプですよ。 「いいよ、そんなことしなくて」 「大丈夫」 2人のやりとりまで聞こえてきそう。 溜飲を下げるつもりで、コーヒーぶちかまして来たのに、2人の仲の良さを見せつけられてるみたいで、却ってもやもやした。 「…のに」 ぽつりと呟いた言葉と一緒に、涙が落ちた。 そう、好きだった。仕事出来なくても、人がよくて、穏やかな透が、私は好きだったのに。 声をあげて泣きたい。欲しいおもちゃを買ってもらえなかった子どもみたいに、わーわーって。 けど。ここは会社の近くで、まだ人通りも多い。 私は眦に溜まった涙が零れ落ちないように、必死に目を見開いて歩くことしか出来ない。 どうして透は私を選ばなかったのかな。 胸に沸いてくるのは、そんな疑問とあの時ああしていれば…って言う後悔ばかり。 家に帰ってやけ酒するか、親友の菜津子に連絡して、愚痴を盛大に聞いてもらうか、どうしようか悩んでいたら。 「御園さん」 甘くて低い声が、控えめに私の名を呼んだ。
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