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驚き過ぎて、せっかくもらったブーケを落っことしてしまった。
「ばか、何やってんだ」
課長は笑って、私が落としたブーケを拾って、私に戻してくれる。
「や、だって、課長が…もしかして酔ってます?」
「酔ってはいるが、我を忘れてる程じゃねぇぞ」
「私の勘違いだったら、思う存分笑い飛ばしてくれていいんですが、まさかプロポーズじゃないですよね?」
けど課長は顔色一つ変えずに言った。
「結婚するか?って言ってるんだから、プロポーズに決まってるだろ」
「……」
どうしよう、こんなときめかないプロポーズがあったとは。
「あ、あのう」
「ああ、悪いな。甘い言葉の一つも言ってやれなくて。この年になると色恋は面倒でな。けど、お前とだったら、きっとずっとうまくやっていけると思う。結婚は甘い恋じゃなくて、あくまでも生活だからな。お前だって、一度痛い目見た分、現実的になっただろう?」
課長の言いたいことはわかる。わかるけれども。
私の困惑を、課長は察したんだろう。
「ま、お前が売れ残っても引き取り手はいる、って保険程度に考えておいてくれ」
課長らしい言葉を残して去っていく。
「保険って…」
課長の言い方がおかしくて、つい一人で吹き出してしまう。
ここから先、どうなるかなんてわかんない。また誰かを好きになるのが、怖くない、って言ったら嘘になる。
だって、私、一度地獄見てるから。
婚約を破棄されて、失意と絶望のどん底で、自分が世界中で一番不幸だと思ってた。
けど。
人生って何が起こるかわからない。わからないから、面白い。
透との婚約はダメになってしまったけれど、私は結局何も失ってないし、不幸でもない。
「…うん!」
気合を込めるように大きく頷いて、私は前を向いて歩きだした。
(完)
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