第5話 未知なる猛獣との遭遇

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第5話 未知なる猛獣との遭遇

この時間にここに来るのは初めてだなあ。 昼間だとやけに明るいグリーンのドアと、横の青々とした観葉植物に、少しためらってしまう。 けど、この間のお礼も言いたいし、おいしいコーヒーも飲みたい。 私は思い切って、ドアを開けた。 「いらっしゃいませ」 その瞬間に飛び込んでくるのは、相変わらずの低音ボイス。 「こんにちは」 ぺこっと頭下げてから、私は透とよく座ってたテーブル席ではなく、カウンターに陣取った。 「こんにちは。今日は早いですね」 にこっとマスターが私に話しかけてくれる。 「はい、急遽お休みいただいたので。今日はちょっとのんびりしようかと。コーヒー何にしようかな」 休み、と言ったところで、マスターは少しだけ眉を上げた。肌もツヤツヤしてるし(多分)、声もはきはきしてる。具合が悪くなっての休みじゃないのは明らかだけれど、それ以上のことは何も聞いてこなかった。 「グァテマラとかどうですか? 爽やかな酸味とフルーティな香りが特徴のコーヒーです」 私、いつもブレンド一辺倒だったぜ。けど、そっか。コーヒーにもいろいろあるんだな。 「じゃあそれで」 「かしこまりました」 目の前のサイフォンに火が入れられ、マスターはコーヒーの粉をセットする。 化学反応だって言うけれど、やっぱり不思議。どうしてビーカーから逆流して、サイフォンの中に琥珀色の液体が出来上がるんだろう。 マスターの手際は無駄がなくて、流れるように綺麗で、私はじぃっと観察するみたいに見てしまった。 「どうぞ」 「いただきます」 最初にふわっとした果実の香りがして、次にコーヒー独特の香りと苦みが私の鼻をくすぐる。香りを楽しみながら、ゆっくりと一口飲んだ。 「おいしい」 「お口に合って良かったです」 うん、お世辞じゃなくておいしい。コクと苦みを堪能しながら、抜かりなく店内を見回す。開店したてのせいか、奥に新聞読みながらサンドイッチ食べてるおじいちゃんと、話に夢中になってる中年女性二人組しかいない。 今なら大丈夫かな。 「あの。この間はありがとうございました」 「僕は何もしてないですよ」 お礼を言われるなんてとんでもない、とマスターは何処までも謙虚な態度だ。
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