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第2話 目には目を パンケーキには蜂蜜を
誰が呼びかけてきたかは、もうわかっていた。
私はゆっくりと振り返る。
「…マスター…」
清潔感溢れる真っ白いシャツに黒いスラックス。
カウンターから飛び出してきたままのマスターが立ってた。
まだカフェは営業時間内なのに。いいのかな、出てきちゃって。明らか、私を追っかけてきてるよね。
「…あ、お、お見苦しいものを」
「いいんです」
「あ、あとマスターが淹れてくれたコーヒー、私もったいないことしちゃって…」
「いいんですよ」
甘く包み込むような声で、マスターは言う。
「コーヒー淹れ直しますよ。戻りませんか?」
「え、でも」
まだ店内には透と美雪がいる。あの中におめおめ入っていくのは嫌だ。私のためらいを、マスターはすぐに察してくれたみたい。すぐにこう付け加えた。
「あの方たちなら、すぐに出ましたよ? あの恰好じゃあね…」
くくっとマスターは低く笑う。そっか、私がコーヒーぶっかけたんだ。
マスターに導かれるままに、私は来た道を戻る。
怒りに我を忘れて出てきたさっきは、全く気が付かなかった。今日は満月で、しっとりとした月の光が前を歩く、マスターの背中を優しく照らす。
いつもカウンターの中にいて、腰から下を見たことなかったから、びっくりした。マスターすごく、足長い。それに、前を歩く背中が、ピンと伸びて、より長身の背を高くスマートに見せてる。
どうして追いかけてきてくれたんだろう。
常連って言っても、マスターは私の名前くらいしか知らないはずだし、私に至っては彼の名前すら知らない。
でも、来てくれたのがこの人で良かった…そう思った。
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