宵の散歩

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 内侍が妻となったのは約一年前。その間で共に過ごせた期間はひと月に満たず、二人だけとなれば数えるほどであった。足利尊氏(あしかがたかうじ)の離反によって、義貞が各地へ討伐に出立していたためである。 「屋敷へ戻りましょう。今日は冷える。体を温めてから眠るのです。さぁ、お手を」  手を差し出す義貞。この男はどこまでも優しいのである。いつだって内侍を尊重してくれる。力任せに手を引くことはしない。内侍に委ねてくれるのである。  内侍は公家に生まれて都で育った。これまで聞く限り。関東武士の印象は、野蛮で残忍で無教養。それが義貞を見ていると、武力に乏しい公家の嫉妬から生まれた虚像であるとしか思えなかった。  内侍は義貞の手に触れた。その皮は分厚くて、ヤスリのように荒れていた。節々に硬く盛り上がったマメは、刀を握りしめてきた武士の証。触れると想像してしまう。刀を振り下ろし、数多の人を斬り殺してきた姿を。  とても恐ろしい光景ではあるのだけれど、義貞に恐怖を抱いたことはない。狂気に支配された殺りく者ではなく、無知で短慮で能無しでもない。この人は温かいのである。だからこそ、公家は侮蔑すほど嫉妬を抱くのであろう。 「戻りませぬ。わらわはここに留まりとうございまする」 「ならぬ。聞けば、倒れたそうではないか。休まれよ」 「嫌です。留まりまする。義貞様といたいのです」 「ならば、屋敷の中でもよかろう。今宵はそなたの側にいよう。それでよかろう」 「嫌なのです。どうしても戻りたくはないのです」  内侍は恐れていた。このような夜更けの急な帰参。知らせがなかったことからも、都で何かが起きているのは間違いない。足利に都を奪われてから5か月が経つ。小競り合いが日常となった現在において、今生の別れとなる気がしてならないのである。
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