夜のプールサイドで……

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***** 「ひな! 久しぶり」  翌日。  夏休み明けの学校でひな子に声をかけてきたのは、友達の優奈(ゆうな)だ。  ふたり並んで、集会の行われる体育館へと向かう。 「どうだった、夏休みは?」  優奈が屈託のない笑顔を浮かべて、ひな子を見上げる。小柄な優奈のこうした仕草を見ると、ひな子はいつも人懐っこい小型犬を思い出した。   「どうもこうも……ほとんど夏期講習でつぶれちゃったよ」  ひな子が眉を下げながら答えると、 「だよねぇ……まぁ受験生だし、仕方ないか」  優奈もぷっくりとした唇を尖らせて残念そうに肩をすくめた。 「部活は? もう引退したんだっけ?」 「うん……まぁ私は大した選手でもないしね。推薦とか無理だし、普通に勉強しないと」  ひな子は水泳部だった。子供の頃からスイミングスクールに通っていて、中学・高校では学校でも水泳部に所属している。仲の良い幼なじみに誘われて何となく始めたことだったが、長年打ち込んできただけに、これといった成績を残せなかったことは少しだけ悔しかった。 「そっかぁ……残念だね、ひな子の水着姿が見れなくなるなんて」  ひな子を励ますように、優奈がおどけてみせる。 「もう、なに言ってんの」 「だって、すっごくスタイルいいんだもん! いいなぁ、うらやましいなぁ……って、いつも思ってたの!」  ひな子と優奈がじゃれ合いながら歩いていると、華やかな女子の集団が前方の廊下を塞いでいた。化粧も濃いめの派手な女子が五人ほどで廊下を占拠している。  集団の中央には彼女たちより頭ひとつ分ほど背の高い男性の姿があった。すらっとした長身に、軽く羽織った白衣がよく似合う。 「火神(かがみ)先生、今日も大人気だね」  取り巻きの集団を見た優奈が呆れたように呟いた。 「……うん。まぁ、他に若い男の先生いないし」  ひな子も彼女たちに聞こえないように小さな声で同意する。     集団の中でも気の強そうな女の子が、絡みつくように先生の腕を抱き込んで自分の胸を押し付けている。他のメンバーも嬉しそうに先生の顔を見つめているようだ。 「でも火神先生なら、『先生』っていうオプションがなくてもモテモテだよね~、きっと」 「そう……だね」  優奈の言葉に、ひな子は改めて火神先生に目を向けた。  涼しげな奥二重の目元に、すっと通った鼻筋。形の良い薄い唇は何も塗っていないだろうに赤く艶めいて見えた。  ――綺麗な(ひと)。  ひな子が釘付けになったようにその場を動けないでいると。  彼女の存在に気づいた先生がチラリと目線を上げて、こちらを見た。 「ひな、行こう」  優奈が急かすように、ひな子の腕を引いた。  廊下の端に寄りながら集団を行き過ぎようとした、その時――。  軽く伸ばした火神先生の指先が、ひな子の腕にそっと触れた。  それは一瞬のことだった。優奈も先生を取り巻く女の子たちも……誰にも気づかせないくらい刹那の悪戯(いたずら)。  ぞわぞわと、ひな子の身体がざわめきたった。  先生の指が触れたところが……熱い。  あぁ、あの指が。  昨夜、私のことを好きなように弄んだのだ――。
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