汚れた世界で重ねるミルフィーユ

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汚れた世界で重ねるミルフィーユ

私たちは100年という年月をかけて、やっとこの大地に100種の緑を蘇らせた。 一世紀と1桁で表現しておけば、上の連中は少しでもスムーズに事を成したと評価するだろうか? この惑星がいかに荒廃しているか、連中はデータでしか知らない。そんな奴らが私たちを評価するうえ、その値はざっくりすぎる5段階。 どうせ今回も、酷い結果が返ってくることだろう。 この惑星の現状と同じような、悲惨な結果が。 そう考えて少し憂鬱になるが、目の前に広がる結果──さわさわと風に揺れる緑は、そんなことをどうでもいいと思わせてくれる。 緑というものは、本当に美しい。 そしてたくましい。 汚染され尽くして、死んでいたも同然の惑星。 その惑星の、ほんの僅かなエリアだけ、ほんの少しだけれど土壌をマシにして。 その場所で、こんなにも立派に100種の緑は育った。 もちろん、私たちの必死の努力と管理の上でもある。でも正直、よくもまあここまで育ったものだ。 少しマシにしたとはいえ、まだまだ汚れ腐敗している……こんな死の大地で。 過去、故郷から送られてきた惑星の研究データ。 それによると、緑はかつて惑星中のいたる所に、もっともっと多くの種類が存在していたらしい。 だがこの惑星が発見された時は、惑星そのものが死んでいたも同然だったし、緑どころか色らしい色など、どこにもなかった。 ここは死と呪いに満ちた、暗黒の惑星だった。 呪いの代表例をあげると、各地に点在している『脅威点』 その場所には、調べようとした研究者たちが例外無く全員死んでしまった、いわくつきの未知の物体がある。 物体の在り処に書かれた文字は、場所によって『原子』『nuclear』などバラバラ。 存在する場所も、地上はもちろん地下に水中、どこでもアリ。まるで法則性がない。 調べようにも研究をはじめれば、身体中あちこちに異常が出はじめ、そして死に至る──まさに『呪い』という他ない。 そんな『呪い』というよりは『呪い』として処理しておくしかないものが、この惑星には確認できているだけで100件もある。 きちんと調べれば100の100乗までいくんじゃないの──そんな調査官の冗談が、冗談に聞こえなかったのを今でも覚えている。 この惑星はそんなところであり、そして私はそんなところで気付けば100年、緑を育てている。 何をやっているんだ、とも思うけれど。 この緑たちをぼーっと見ていると、やっぱりそんなことどうでも以下略と思えるから、続けてこられたのかもしれない。 私たちの最終目的は、この惑星のかつての姿を取り戻すことにある。 発見されたデータも少なく、かつての姿はどんなものなのか、それすらもまだ不明。 最終目的を達成させるには、あとどれほどの年月がかかるだろう? 100では足りなかったのだ。 それこそ100を100乗するような、途方もない年数が必要なのかもしれない。 そんな想像もつかない数を予測しながら、私は空を仰ぐ。 そこには不安をかきたてる淀みが、厚く暗く広がっていた。 このなんとも表現し難い色の空と、大地の緑とのコントラストは、なかなかに凄まじい。 この空も、昔はもっと違う色をしていたのだろうか。 生命力あふれる緑に似合うような、とてもきれいな色──……想像しようにも、なかなか難しい。 大地がこの緑であふれていたように、どんなきれいな色が、どんな生命が、この大きな空を満たしていたのだろう。 「イヴ、おまたせ」 「アダム。お疲れ様」 仲間が拠点から戻ってきた。 遠い故郷にいる上の連中との、定期交信に行っていたのだ。 「今回はまた一段と長かったわね」 「そうだね。評価はいつもどおり一言で済まされたんだけど……よく飽きないよな、あんなどうでもいい話」 上の連中から、無価値な机上論を延々聞かされたのだろう。 報われない評価と無意味に消化された時間のせいで、彼は見るからに疲れきっている。 「俺も緑に囲まれて、透明な水がぽたぽた出る様を観察するだけの簡単なお仕事してたかったなー……」 「失礼な。浄化システムの動作確認しながら、もっと効率のいい水の生成方法を考えるお仕事もしてたわよ」 「俺が帰ってきた時はシステムじゃなくて、おもいっきり空を見てたのに?」 目ざとい指摘をしてくるアダムから、水の浄化システムへ目を逸らす。 システムといえば聞こえはいいが、所詮は私たちの手製。見た目は、ただの実験道具だ。 構造は極めて原始的だし大がかりなものでもないから、かかる時間に対して浄化できる量は非常に少ない。 でも、ここから生成されるきれいな水こそ、緑を育てるためには必要不可欠なのだ。 濁りを取り除いた透明な雫が、またひとつぽたりと貯水タンクの中に落ちる。 見つめる私を、周りの風景を写す透明。 貴重な生命の源。 こんな色なら、いいのかもしれない。 美しかったであろう惑星の、ありのままを鏡のように映し出す無垢な色。 それとはあまりにも対照的な、濁りきった空をまた見上げる。 私は目を閉じて、想像した色の空に思いを馳せた。 「そうだ。評価分の寿命データ更新、次の就寝時でいいって」 「それは、それだけ時間も手間もかからないってことね……やっぱりいつもどおりか」 不要と判断されなかっただけ、まあ良しとしておこう。 私たち2人だけでなく、この惑星についても。 「連中、評価を更新する発想ないのかな? あなたがたの頭脳を更新できないかって、質問すれば良かった」 「そんなことしたら、寿命データまるごと取りあげかもよ」 「デスね」 「うまくねーよ」 とりあえずは、この惑星ともう100年のお付き合い。 それがいつまで続けられるのか、それは故郷の評価次第だ。 けれど、ここで見たいと思うものが、また1つ増えた。 とりあえずとまた付け足された、ほんの100年。 その数字の中に私はまた1つ、生きる理由を見出せた。
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