レーネスとティアーネが進む道

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レーネスとティアーネが進む道

「本当に休まなくて大丈夫?」 「ええ、心配には及びません。それより先を急がないと」  気丈なのか、それとも体力があるのか。  凶暴なモンスターと戦闘した後にも関わらず、休憩は取らずに先を急ぐという。  私としてはありがたいけど、ここまで頼りっぱなしだと気が引けてしまう。 「年下の女の子に頼りっぱなしなのは気が引けますか?」  月光を反射する蒼い瞳。その海のように深く、夜空のように濃い蒼色は私の心を見透かしているようだった。現に私の気持ちをピッタリと当てている。 「ど、どうして?」 「顔に書いてありますよ」  そう言って歳相応に、無邪気に微笑む。私の表情から考えている事を読み取ったというのだろうか。 「レーネスさんは商人だというのに、正直者ですね。それに度胸もある」 「それって向いてないってこと?」  一般に商人は嘘をついてナンボ、騙しあいの世界で生きている。より高く、より多く売ることが至上の目的だ。  そして臆病な方がいい。モンスターと戦う勇気は必要ない。リスクを負うのは商売の際だけ、戦闘においてはあらゆる者を蹴落としてでも、自分が生き残る方法を考える。それが商人という職業だ。  私はいまティアーネに正反対の事を言われた。しかしこれが不思議なことに、不愉快ではなかった。寧ろ少し誇らしいほどだ。 「卑怯な人間の方が商人に向いている、とは思いません。商売はあくまで人とのやり取りです。誠意を持って、時間は早く正確に。それが人に喜ばれる商人というものではないでしょうか」  誠意を持って、時間は早く、か。確かにその二つは無意識のうちに大事にしているかも。 「じゃあ私は商人に向いていると思う?」 「そうですね、レーネスさんは良い商売人だと思います。ただ……」 「ただ?」  ティアーネは一旦話を途中で切った。どうしたのだろう、言い難いことでもあるのだろうか。 「今回の荷物はあまり貴女向きとは思えません。そのジャケットの内ポケットの荷物、軽い上に高額で売ることが出来るのはわかりますが」 「……っ」  ゾッ、として思わずジャケットの胸部分を押さえた。なぜ、なぜ彼女は一切話していない今回の一番重要な荷物の内容を……? 「……何のこと?」  額から冷や汗が流れるのを感じながら、精一杯取り繕う。 「話して欲しい訳ではありません。知り過ぎは身を滅ぼしますし」  私は黙り込む。  余計なことは言わない方がいい。そう直感で感じた。それに彼女自身も詳しく知ろうとは、していないようだった。 「ただ、一つ忠告させて頂くと、今回限りでその荷物は辞められた方が良いかと。貴女自身も不要な危険を背負い込む結果となります。商売には勇気も必要ですが、ここは勇気を発揮する場面ではないと思いますよ」  ティアーネの言う通り、今回このポケットに仕舞ってある商品は、首都に着くのが早ければ早いほど高額で買い取ってもらえるモノだ。しかし美味い話に裏はある。非常に危険なもので、下手に流出したら私の首が飛びかねない代物だ。  金額の良さに釣られてしまい、こうやって傭兵を雇い、危険な近道を使い首都へと急がなくてはならなくなった最大の要因だった。 「……忠告ありがとう、今度から気をつける」  言われた事も尤もだ。これは私の手に余る商品。たまたまティアーネ・エルメルトという優秀な傭兵を雇えたから良かったものの、リスクが高すぎる。 「でもお陰で、ティアーネちゃんに出会えた。そこは感謝してる」  素直な気持ちを告げた。  私は今日、彼女に会えてよかったと心から思っている。強くて賢い彼女と歩いた今日の出来事を、私は一生忘れないだろう。 「そうですね私も感謝しています。レーネスさんのような純粋な商人と会ったのは初めてかもしれません」  自然と口元に笑みが浮かぶ。ティアーネにとって『良い出会い』となれた事が嬉しい。 「お節介かもしれませんが」  ティアーネが少しだけ言い辛そうに切り出した。 「また商人隊などを組まれた方が良いのでは? もしくは専属の護衛を一人でも雇われるか。仕入れた商品を運んだり守ったりするのは、お一人では難しいでしょう」  その話を聞いて、私はまず驚いた。  ティアーネには商人隊に入っていた事を話してないのに、何故知っているのか。 「どうしてそれを?」 「私は人の頭の中、記憶の覗くことが出来るんです」  にこっと笑い、さらっと語る。 「えっ」  更に驚き思わず声が出た。人の心を読めるって、一体どういうこと。  まさか、私がティアーネのスカートの中を覗こうとしていたことも、バレてるってこと!? 「冗談です」  私の顔を見て笑顔のまま、さっきのは嘘だと言う。  からかわれたようだ。  よかった。私の邪な考えは伝わっていないようだ。 「ただ、何か良くないことがあって、最近商人隊を抜けられたのは分かります」 「……私の事、知っていた?」 「いえ、正真正銘、今日が初対面です」 「じゃあ、何故私の過去がわかるの?」 「一人で活動する商人としては旅慣れていないこと、身なり、仕草や話し方、後は私の直感……等々、色々根拠はありますが、レーネスさんの反応を見る限り正解のようですね」  出会って半日しか経っていないのに、少ない私の情報から過去を推察したということ?  だとしたら彼女は相当頭がいい。  知識があるだけではなく、その頭の中の莫大な情報量の中から必要な要素を瞬時に引き出し、利用し、応用する術に長けている。『頭がキレる』というやつだ。  もっとざっくり言うと、相当賢い。  強いだけではなく、頭もいい。そして容姿もいいと、三拍子が揃っている。  天は彼女にニ物も三物も与えているようだ。 「いやー、参ったなー。そんなズバリと言い当てられちゃうなんて」  素直に降参、と両手を頭上に掲げる。 「本当に格闘士(ストライカー)? 実は人の心を研究する学者的な(クラス)なんじゃない?」  言い方は悪いが格闘士(ストライカー)などの肉体の鍛錬が重要な(クラス)は、頭の中にまで筋肉が詰まっているような、猪突猛進で物事を深く考えない人たちが多い……気がする。  しかし、彼女はその間逆だ。  思慮深く、相手の考えを読み取る術に長けている。  現に、私だけではなくモンスターのオブシディアン・ベアの考えすら読み取っていた。 「それは難しい質問ですね。格闘士でギルドには登録していますが、魔術師や僧侶、探索者等の適正もあります」  そういえば、ギルドの受付嬢も彼女の(クラス)をよく分かっていなかった。  なるほど、これなら納得がいく。  彼女は適正職が多すぎるんだ。 「つまりティアーネちゃんは格闘士(ストライカー)だけど、それ以外にも何でも出来るってわけね」 「初歩的なことだけです」 「なんでまたそんな」  手間がかかってめんどくさい事を。と言おうとして口を閉じた。  それを口にしてしまえば、彼女の人生を否定することになる。  直感だけど、そんな気がした。 「大半は趣味みたいなものです。ですが、何かと仕事に役立ちます」  しかしティアーネには悟られていたのか、私の心の疑問に彼女は答えてくれた。  そして彼女は掌を広げ、歩きながら目の前に掲げる。  すると、掌は淡く光り輝き、そして魔力で小さな炎が形成された。初歩的な魔術だ。 「たとえば暗い夜道でランプ代わりの炎を作ることもできます。新月の夜道や洞窟探索の際、ランプを携行していない場合等で便利ですね」  簡単そうに語る彼女だが、実際のところ安定した炎の大きさを維持し続けるのは難しい。しかしティアーネは事も無げに一定サイズの炎を、掌で灯し続けている。  これは彼女が魔術師としても、それなり以上のセンスを持っている事を示していた。 「探索者系の知識があれば『珍しい薬草を探す』といった仕事を受ける事も出来ます。知識はあればあるだけ、今までの人生で役立ってきました」  自身の能力を鼻にかけることのない、淡々と語る彼女の口ぶりは嫌味を一切感じない。仮に私がティアーネの立場だったら、どうだろう。自慢をすることなく、さらっと話すことが出来ただろうか。 「すいません、話が逸れてしまいましたね。もしレーネスさんが話したくないのでしたら無理には聞きません」  ティアーネは気を使ったのだろう。話を打ち切ろうとした。  そうだった、つい話が脱線してしまった。  次々と仲間が殺されていったあの夜。だが、思い出したくない記憶かと聞かれると、全部が全部そうではない。  あの夜、私は彼に出会えたのだから。 「ティアーネちゃんの言う通り、私は商人隊に所属していたわ。でもある日、はぐれ騎士団に遭遇し壊滅させられた。仲間も沢山殺された。でも、一人の騎士が助けてくれたの」  あの夜を思い出す。  白い鎧に蒼い外套、盾には天秤の紋章。  一切の傷を負う事は無く、圧倒的な力で全てのはぐれ騎士達を倒した『霞の白騎士』。  渾名以外の詳細は分からない。  あれから彼の白騎士の噂を集めているが、その正体は未だ掴めていなかった。 「『霞の白騎士』って呼ばれてるらしいんだけど、ティアーネちゃんは聞いたことない?」  私の話を聞き、その名前に覚えがあるようでティアーネは即座に返事をした。 「聞いたことがあります。『霞の白騎士』。名前も所属騎士団も不明。分かっているのは白い鎧を纏っているという事と、戦闘時の速度が霞に例えられるほど静かで高速だということだけ。私自身も実際に目撃したことはありません」  傭兵事情に詳しそうなティアーネちゃんでも知らない『霞の白騎士』。一体何者なんだろうか。  ただ、それでも命の恩人ということには変わりないし、悪い人だとは感じなかった。 「そのような方に助けられるなんて、レーネスさんは運が良いのでしょう。ただ、目の前で商人隊が壊滅したのでしたら、他人と親密になるのは億劫でしょうか」  またしてもティアーネの言葉は私の核心を突く。  言われた通り、私は再び目の前で仲間が失われるのが怖い。だから誰とも組まず、ギルドで傭兵を雇い、ある意味で他人との関わりを薄くして生きていた。 「まぁ、ね」  そうとしか返事が出来なかった。ティアーネの言うことは事実だ。 「でも不便でしょう? 良い傭兵がいつでも雇えるとは限りませんし、実力は不透明。そのように見通しが悪いのでは、計画を立てるのも難しいのではありませんか?」  なんて的確な指摘だ。  彼女の言う通り普段から傭兵を雇っているが、いつでも良い傭兵がギルドに居るとは限らない。依頼を出して、その依頼を受けてくれる傭兵が見つかるまで数日かかることもある。  もし盗賊等に襲われた際に、私と商品を単身で守りきれるだけの実力があるかも、雇ってからでなくては分からなかった。  ある程度はギルド側が厳選してくれるので助かっているが、それでも傭兵が思っていたよりも弱く、モンスターに襲われ荷物を失ったこともある。  その場合は依頼失敗ということで、報酬は払わなかったが。  しかし、ギルドにはしっかりと仲介料を取られた。おのれ。  そこで私は一つの考えに行き当たる。 「ね、ね。ティアーネちゃんが私の専属護衛になるってのはどう? もちろん、ちゃんとお給料も払うし」  我ながらいい考えだ。  彼女の実力はこれまでの戦闘で十分に理解した。護衛を任せることが出来るだけの強さがあるし、知識もある。  そしてなにより、可愛い。  可愛い少女と共に仕事が出来るのなら、これに勝る喜びはない。 「そう言われるかな、と思っていました。ですが、ごめんなさい……。嬉しいお話ですが、お受け出来ません」 「えっ!?」  即答で断られてしまった。でも、どうして。  まさか……。  ちょっとだけ、いやらしい目で見ていたのがバレちゃってたとか!? 「私、資金が出来たら騎士団を作るつもりなんです。ですので、今は誰かと専属契約をするつもりはありません。ごめんなさい」 「あっ、そうだったね。ごめんね、こっちこそ」  なんだ、よかった。私のせいじゃなかったみたい。 「でも、騎士団ってティアーネちゃんは流石に騎士の称号は持ってないよね? 騎士じゃなくても騎士団って作れるの?」 「この国の規則であれば問題ありません。条件は『構成員のうち三分の一が騎士であること』ですので、必ずしも団長が騎士である必要はないんです」  なるほど。騎士団にはあまり興味がなかったから、その条件は知らなかった。ただ、騎士団というのは維持に莫大な費用がかかると聞いたことがある。 「騎士団って言っても、作って維持するのって大変なんじゃない?」 「そうですね。領主や国と契約した騎士団でなければ、維持は難しいと言われています。資金難になれば野盗紛いの行為に走ったりする、はぐれ騎士団も出てきますし」  私達の商人隊を襲ったのも、はぐれ騎士団だった。ティアーネちゃんにはあいつらみたいにはなって欲しくない。 「悪い騎士団を見てきているから、お姉ちゃんはあまり騎士団とか作って欲しくないな」  つい姉のように振舞ってしまう。可愛らしい彼女にそのような道に堕ちるのは、嫌だった。騎士団なんか作らなくても、ティアーネほどの実力と知識があればいくらでも仕事はある筈だ。それこそ私の専属護衛になってくれれば、給料だって弾んじゃうのに。 「目的がありますので。私の名前を売る為にも『騎士団』という箔が必要なんです」 「目的?」  ティアーネの目的とは何だろう。騎士団が必要となるほどの目的とは一体。 「もし機会があれば、その時にお話します。口に出して言う程のことではありませんので」  今まで通り、笑顔で語るティアーネ・エルメルト。  それっきり、彼女は自身が作ろうとしている騎士団に関する話はしなかった。無言で「これ以上は聞かないでね」と、そう語っているような雰囲気を感じ、私もそれ以上は聞かなかった。
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