『チキチータ』 ~類人猿のフレンド~

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『チキチータ』 ~類人猿のフレンド~

 愛媛県随一にして唯一の繁華街、松山市八坂通り周辺。  ボクがこの町を歩くと、あっちこっちから「スパンコールさん」「スパンコールさん」と声を掛けられる。  なぜなら、手品師「スパンコール・シェーン」として、この辺りの飲み屋を中心に活動しているからだ。  活動しているといっても、不景気の影響や、その他のチョットした事情によって、今は仕事の依頼など殆どないのだが……。   濡れせんべいみたいにシケた生活をおくるボクにも、一時期、景気の良かった時代があった。その頃は、ボクの様に衣装が派手なだけが取柄の三流手品師にも毎日仕事があり、店から支払われるギャラと客からのチップを合わせると、だいたい月に1千万円ぐらいの収入になった。  それでボクは調子にのって、衣装にちりばめたスパンコールの数と共に、手品に使う動物の数も大幅に増やした。  今までハト1羽、ウサギ1匹しか居なかった動物を、ハト40羽、ウサギ20匹、ポニー1頭、ペンギン3羽、亀2匹、カエルぴょこぴょこみぴょこぴょこ、あわせてぴょこぴょこむぴょこぴょこ、に増やしたが、ボクはそれだけでは飽きたらず、闇のブローカーと接触して、3千5百万円という大金を払いチンパンジーを手に入れた。そして、そのチンパンジーを「チキチータ」と名付けた。チンパンジーに助手としてマジックショーを手伝わせれば、きっとバカウケすると思ったのだ。  しかし、チンパンジーの調教は予想以上に難しく、ショーを手伝わせるどころか服を着せる事さえままならなかった。  どうやらチキチータは普通のチンパンジーよりも気性が荒いみたいで、ブローカーにもらった、チンパンジーの育て方マニュアルを片手に、四苦八苦してみたモノのどうにも言うことを聞かせられない。  それなのにボクは、何もできないチキチータのことを次の『梅津寺パークフェスティバルショー』のステージに上げる事を決めていた。  このイベントにはボク以外に、ヒーロー戦隊や、お笑い芸人、フォークシンガー、ジャグラーなどが出演するので、多少ムリをしてでも目立つことをやらなければならない。  特に、当時はまだ目新しい存在であった、ジャグラーには負けられない。ヤツらは自分たちのことをエンターテイメント界のニューウェイブと称し、ボクのような昔風の手品師のことをバカにしていた。    *  『梅津寺パークフェスティバル』当日。出番を待つボクとチキチータは、ステージ裏で最後の予行練習をしていた。  前日の夜まで特訓したおかげで、チキチータは、なんとか手品の小道具を受け渡しする程度のことは出来るようになっていた。  多少不安はあるが、本番でも同じ動きが出来れば最低限の格好はつくだろう。  出来ればボクとお揃いのスパンコール衣装を着せたかったのだが、服を着ることはかたくなに拒んだのでしかたない。 「あれ? スパンコールさん。いつから猿回しに転向したんですか?」  聞き覚えのあるイヤミな声に振り返ると、ジャグラーの『パントリー・入江』がニヤケ顔でたっていた。 「転向なんかしてねぇよ。オレは手品師で、こいつは助手のチキチータだ。類人猿だと思って甘く見てたらドギモ抜かれるゼ!」  本当のチキチータは、何もできない見かけ倒しの存在なのに、ついつい強がりを言ってしまうボク。そんなハッタリを見透かしてか、パントリーはニヤケ顔を崩さずに、 「そのわりには、本番前にムッチャ必死で練習してますね」  と言い残し、 「ボク出番なんでお先に」と、ステージに駆けていった。  ステージの上でパントリーが、火のついた中国ゴマを高く放り上げた瞬間、ボクは(落とせ、落とせ)と念じたが、パントリーはフィギアスケートの選手のようにクルクル回転しながら、みごと落下してきたコマをキャッチした。  客席が沸いて大きな拍手が起こる。  ボクは自分のやっていることは棚に上げて、(チッ、大してムズカシイ技でもないくせに、見た目が派手なだけでウケてやがる)と舌打ちした。 「ごめんね~、スパンコール。こんな事なら、順番逆にしてあげたほうがよかったね~」  顔馴染みのイベントプロデューサーが声をかけてきた。彼としては、年長者のボクの顔を立ててパントリーより後、取りの『ヒーロー戦隊チャンジャレンジャー』の1つ前にボクの出番を持ってきたのだろうが、パントリーが当時としては目新しい技を次々と披露してウケているので、昔ながらの王道手品しかできないボクのようなタイプは、この後やりにくい。 「べ、べつにイイッスよ。今日はボクにも秘策がありますんで」  ボクはチラッとチキチータの事を見た。ノンキに鼻クソをほじって食べているが、今日はもうコイツに賭けるしかない。 「はははッ、何かおもしろそうな相方つれてるね。とにかく頑張ってよ、応援してるからさ」  プロデューサーはチキチータのことを一瞥すると、去っていった。 「……たのむぞ、チキチータ」 *  その日のステージは最低というほかなかった。チンパンジーがステージに上がると、思惑通り客席は姿を見ただけで沸いたが、そのせいでチキチータが興奮してしまい、 「キッキー!! ムキューウィキー!!」  と奇声を上げながら暴れだし、飛んだり跳ねたり、最終的には客席に居た、小さな女の子を小脇に抱え観覧車によじ登るという、キングコングまがいのことまでやらかし、警察沙汰になった。  パトカーに乗せられるボクとチキチータのことを見ながら、パントリーは大爆笑していた。 *  1度目の失敗に懲りず、その後ボクはチキチータのことをステージで使い続けた。高いお金を出して買ったうえに、飼育費もかなりかかるので、遊ばしとくのは、もったいないという気持ちもあったが、それ以上に派手好きの性格から、何とかチキチータとのコンビを成功させたいという思いがあったのだ。  しかしチキチータはそんなボクの思いに答えてくれず、毎回ステージ上で脱糞したり、サル顔の客に発情したりと何かしらの問題をおこしては、いろいろな人に迷惑をかけた。  そのせいで、景気が下り坂になったとき、ボクは、いの一番に仕事をほされた。 *  仕事が無くなると、ボクはスパンコールはともかく、動物の数を増やすという考えは完全に間違っていたと認めざるえない状況に陥った。1ヶ月の収入が動物達のエサ代と大勢の動物と一緒に暮らすために借りた大きな家の家賃に満たなくなってしまったのだ。  それでもボクは、「景気はいずれまた良くなるさッ。そうすれば仕事の依頼もまた戻ってくる」と楽観視していたのと、幼い頃から憧れていた“衣装の派手な手品師”という仕事を辞めるつもりが無かったのとで、しばらくの間は貯金を切り崩しながら、ノンキに仕事の依頼が来るのを待っていた。  ボクがニートみたいな生活を送るなか、景気は良くなるどころかドンドン悪化し、同業者たちも皆、大なり小なり不景気の影響をうけていた。  中には新たな職につき街から消えて行く者もいたが、シャクなことにパントリー・入江だけは違った。  ヤツは地方局のテレビ番組でレギュラーを持ち、パチンコ屋と薬局のCMに起用され、何かしらのイベントがあれば必ず呼ばれる、地元ローカルスターの道を一直線に歩んでいた。  それなりには在ったボクの貯金も底が見えかけてきたある日の夜、テレビで偉そうに、エンターテイナーについて語るパントリーのことを見て、おもしろくない気分になったボクは、酒を呑みすぎた。    「このエテ公が! お前のせいで仕事が無くなっちまったじゃねぇか!!」  酔いにまかせて、寝ているチキチータの事をケリ飛ばした。 「キキッ! ムッキッキー、キッキッキー!!」  チキチータが何かしら反論したが、ボクは耳を貸さず、 「ウッセー、バカヤロー!!」と殴りかかった。  しかし、酔っていたため足元がグラつきパンチは空をきり、そのままヨロけて柱に頭を打ち付けた。 「ク~ゥ、痛~」  ボクは打ち付けた部分を押さえ、そのままポロポロ泣き出した。 「キ~ッ?」  チキチータが憐れむようにボクを見ていた。  翌日、ボクが目を覚ますと家にチキチータの姿は無かった。キャラメルのおまけや、匂いのする消しゴムといった、彼の数少ない持ち物も無くなっている。荷物をまとめて出ていったのだろうか? 「いいさ、勝手にしろ。あんなヤツ居なくなったほうが清々する」(せいせい)  ボクは誰も居ない空間に向かって、つぶやいた。 *  その後、なんの手もうたないまま、うらぶれた生活を送ったため、貯金が無くなり家賃や光熱費はもちろん、食費も工面できずに、3日間まったく何も口にせず、空腹がピークに達したある晩。ボクは近所に新しく出来たコンビニでジャムパンを万引きしようと決心した。  丁度いい事に、手品師という仕事柄、内ポケットが沢山付いたジャケットや中に入れた物が消えるシルクハットなど万引きにはおあつらえ向きの道具が揃っている。  パジャマの上から金色のスパンコールをちりばめたジャケットを羽織り、シルクハットを被って、誰も居ない寂しい夜道を歩きコンビニへ向かった。  この時、ボクの心の中には、刑務所に入ればとりあえず住む場所と食事に困る心配はないという思いがあり、もし万引きが見つかったら、おもいっきり暴れて強盗になってやろうというヤケクソ気味の考えがあった。    〃ウイーン〃 「おお! 勝手に開いた!!」  少し、うつろな精神状態で歩いていたので手動だと思っていたコンビニのドアが自動ドアだった事にチョット驚いた。しかし店内に入ると、それよりも、もっと驚く光景が目に飛び込んで来た。  なんと! チキチータがコンビニの店員として働いていたのだ。アレほど服を着ることを拒んでいたのに、今はコンビニの少しダサめの制服を、タイトに着こなしている。 「チッ、チキチキバンバン!!」  チキチータと言おうとしたのだが、驚きのあまりカミカミでボクがそう叫ぶと、チキチータは人差し指を鼻に当て(静かにしろ)というポーズをした。  そしてアイコンタクトで(今は仕事中だから話は後だ)と言ってきた。  チキチータの仕事が終わるのを待っている間、an・anとコロコロコミックに一通り目を通したが、あまり長時間立ち読みをするのもしんどいので、店の外に出て道端に座りながらチキチータの事を待った。  するとボクは、星空を見上げながら、いつの間にか寝むってしまった……。  どれぐらい寝むっていたのだろうか、タバコの匂いに鼻孔を刺激され目を覚ますと、隣にチキチータが座っていた。ショートホープをくわえている。 「チ、チキチータ……、これは夢なのかい?」 「キーーッ」  チキチータはボクに封筒と中華まんを手渡した。 「こ、これは、給料袋とピザまんじゃないか!」 「ウキッ、キキキッキキッ、ムッキョー」  そう言うとチキチータは夜のとばりへと姿を消した。  チキチータはその後も、早朝は漁港で陸揚げされた魚を仕分ける仕事を、それが終わると、今度はタルトの工場でパートのオバサン達に混ざりベルトコンベアーの上を流れてくる輪切りにされたタルトを箱に詰める流れ作業の仕事を、そして深夜はコンビニで働いて、ボクと沢山の動物達に仕送りしてくれた。  ボクがそんなチキチータに「何かお礼がしたいなー」と思っていた矢先、丁度テレビでアザラシが住民票をもらったというニュースを見て「これだ!!」と思い、チキチータにも住民票をくれるよう頼みに市役所へ行った。 「何言ってるんですか、チンパンジーに住民票は与えられませんよ」   職員に冷たい口調でそう言われた。相手はまるでバカを見るような目でボクの事を見ている。しかしこういう態度をとられる事は始めから予測していたので、ヘッチャラだった。 「でもアザラシが住民票もらったて、テレビで……」 「それはウチじゃなくて横浜市の西区役所がした事ですから、何か言いたい事があるならそちらに言って下さい」 「でも、でも、でも、でもチキチータは松山市民なんだから、松山市役所に住民票の申請するのが当然なんじゃないんですか!」 「おサルは市民と認められません!」 「でもアザラシが――」 「その事なら西区役――」 「チキショウ!」  ボクは叫ぶと被っていたボウシを地面に投げつけた、そしてそのボウシの中からハトを出した。  嫌みな職員は呆気にとられた表情でその光景を見ていた。まさにハトが豆鉄砲をくらった様な顔で。 「チキショウ! チキショウ! チキショウ!」  1羽2羽3羽…………。  ボクは次から次へとハトを出した。 「ちょっ、ちょっと、何やってるんですか!!」 「バカにしやがって、チキチータはな、チキチータは俺の大事な家族なんだよー!!」  10羽11羽12羽…………。  ボクはどんどん、どんどんハトを出した。 「やっ、やめなさい! 他の利用者の方の迷惑になるでしょ!!」  職員の制止を無視して、ボクはひたすらハトを出し続けた。  20羽21羽22羽…………。 「やめて下さい、ボウシからハトを出さないで下さい!!」  30羽31羽32羽…………。  まだまだ出した。 「もうこれ以上ハトを出さないで下さい! お願いします!」  職員はだんだん泣きそうになってきていた。  ……39羽40羽。1匹2匹3匹……。  ハトを出し尽くすと、今度はウサギを出した。 「やめて下さい、ボウシの中からウサギも出さないで下さいよー!!」  ボクが出したハトは、市役所の中をバタバタと飛び回り、そこらじゅうに脱糞した。  ウサギもピョンピョン跳び回り、あっちこっちに脱糞した。ボクも「ハトやウサギに負けてられるか!」とオシリをまる出しにして脱糞しようとした所に警備員が3人も来て羽交い締めにされ、事務所に引きずって行かれた。  あの嫌みな職員は、連れて行かれるボクに向かって、 「やれやれ、西区役所がよけいな事するから、こんなバカの相手しなけりゃなんないじゃねぇかよ!」                  と言った。    事務所でボクは警備員にボコボコにされた。殴られながら(ああ……、ボクがこんなしょうもない事をしている間も、チキチータはタルトの工場で頑張って働いているんだなぁ)と思うと、   ポロリと涙が      一粒落ちた。 *  その後、市役所での一件はマスコミで取り上げられボクは、少し有名になった。  おかげで仕事の依頼が何件か来たり、物好きな教授に「人間社会で暮らす動物の権利」について講演してくれと頼まれ、大学で随分適当なことを喋ったりした。
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