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「宗一郎!!からかうんも大概にしいやっ!!」
ピシャリと言い放った華乃姉さんを見て、月夜の君が吹き出すように笑った。
「私と知り合いなのは伏せておいて欲しいんじゃなかったのかい?」
「これ以上あんたのタチの悪い冗談に付きおうてられるか!」
うん?
「華乃さんはそうやってすぐ怒るのがよくない。本当は優しいのに。」
「うるさいわ!あんたが怒らすように挑発的なことをわざと言うてくるからやろっ!」
なになにこの二人…知り合い?
「私と華乃さんは中学時代の同級生なんだ。」
驚いている私に月夜の君が教えてくれた。
「千夜さんがずっと鴨川のほとりに座って動かないから、私に連れて帰ってきて欲しいと泣きついてきたんだよ。」
「はぁあっ?宗一郎!!それは絶対内緒にしとかなあかんとこやろ?!」
「華乃さんは君のことを心配して探し回っていたんだよ。見つけたけどどう声をかけていいかわからなかったんだ。案外可愛いだろ?」
華乃姉さんがバツが悪そうに顔を背けた。
────────華乃姉さん………
私は半年間この人のなにを見てきたんだろう?
親以外に、こんなに私のことを真剣に怒ってくれる人がいるだろうか?
なにも……
見えてなどいなかった──────
「……今日はすいませんでした。華乃姉さん、それに…宗一郎さん。私のような半人前のために、本当にありがとうございました。」
二人に向かって深々と頭を下げた。
「宗一郎にはお礼なんかせんでええ!そいつが千夜をこの世界に引き込んだ張本人なんやから、これくらいして当然や!」
「君だって千夜さんのことを気に入ったから受け入れたんだろ?」
「うるさいわ!ほんま…男のくせにペラペラと。千夜、こいつは天性の女ったらしやから気を付けや!」
「随分な言い草だな。私は女性を泣かせたことはないよ?」
二人の痴話喧嘩が止まらない……
中学の同級生にしては仲が良すぎない?
「あの…二人って昔、付き合ってました?」
なんとなくそう思って尋ねたんだけど……
「こんな女より色っぽいやつと付き合うかぁ!!」
「私も華乃さんはじゃじゃ馬すぎて無理かな。」
二人して全否定されてしまった。
「胸くそ悪っ…千夜も早入りやっ仕事が山積みやで!」
華乃姉さんは怒りながら置屋へと入っていった。
月夜の君はそんな華乃姉さんを花でも見るかのように涼しげに見送った。
なんかこの二人……
静と動、水と油みたいだな……
「彼女とはいつもこんな感じだ。お騒がせしたね。」
「お知り合いとは驚きました。それに…私の旦那になるとかって話が進んでいっちゃうし。」
まだ舞妓にもなってない私にそんな話が持ち上がること自体有り得ないのだけどね……
月夜の君の演技が余りにも上手くてドキドキしてしまった。
「冗談だと思ったのかい?」
そう言って月夜の君は私の頬を指でそっと撫でた。
「私は本気にしてくれても構わないよ?」
「つ…月夜の君……?」
これはどう返せば良いのだろう?
冗談なのか本気なのかもわからないっ。
「それが天性の女たらしって言うてんのじゃ──っ!」
置屋から飛び出てきた華乃姉さんが塩をぶちまけながら叫んだ。
私にも塩はタップリかかったのだけど……
「噛みつかれそうだからもう行くよ。千夜さんが舞妓になるのを楽しみにしているよ。では。」
月夜の君は軽く会釈をして去って行った。
「華乃姉さんっ彼はどこまで本気なんでしょうかっ?」
「知るかいっ!あぁもう!だからあいつとは関わらせたくなかったんやっ!!」
「彼は今フリーですかっ?」
「知るかいっ!!てか舞妓は恋愛御法度やろっ!!」
華乃姉さんから思いっきりこめかみをグリグリされてしまった。
後日、華乃姉さんからなんとか聞き出したのだが…
月夜の君は名前を福本 宗一郎と言い、創業200年は越える老舗の呉服屋、ふく善の若社長なのだそうな。
だからいつも着物を着ているのか。
中学校時代もあのままの感じだったそうで、月夜の君が廊下を歩けば女子生徒が恋に落ち、言葉を発すれば鼻血を出してぶっ倒れる人が後を絶たなかったのだという……
う〜ん……あながちウソには聞こえない。
私は舞妓になるため、稽古に家事に姉さん達のお世話にと一層取り組むようになった。
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