02

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 七生はスマホをリビングに置きっ放しにしていたようだ。  着メロを聞いて、ライフセーバーの旗取り競争のごとく突進して行く。  しかも急ぐ余りに、手に取ったスマホをお手玉して見せるサービス付きだ。 「えっと……あっ」  さっさと出ればいいものを、七生は画面に見入っていたりする。一矢に言わせればトロ臭いもいいところだ。 「おい、切れ……」 「ちゃったな」  出ようとした、まさにその時、ぷつりと着メロの止まってしまったスマホを見やり、あーあ、と七生はため息をつく。 「でも、どうせ直ぐに掛かって来るから」 「って、誰から?」  予言者みたいなことを言う七生に、一矢は焦り気味に尋ねる。どうも夢見が悪かったのがいけないのか、調子が出ない。 「八重だよ」 「八重って、おまえの妹?」  続け様に尋ねる一矢に、他に誰がいるんだよと七生は苦笑している。 「気が短いから、今頃カリカリ怒りながらリダイヤルしてるよ」  と言っている側から再びスマホが鳴り出して、七生は、ほらな、と顎をしゃくった。 「もしも……わっ」  出た途端に思い切り怒鳴られでもしたのだろう。七生は顔をしかめてスマホから耳を離す。キンキンと、スマホからは早口な女の声が聞こえて来る。 「おい、八重。もう少し声を抑えろよ」  スマホを耳に当て直した七生は、そんなんじゃ、周囲(まわり)中に聞こえちまうぞと、兄貴風を吹かしたことを口にする。 「判った、判ったから」  その途端に逆襲に遭ったのか、七生はスマホを手にぺこぺこと頭を下げ始めた。兄の威厳も何もあったものではなさそうだ。  傍から見ている分には、まるで昔さながらの喜劇のようだ。  けれど、やれやれとため息をつきながらも、七生の口元は笑んでいる。 「おふくろたちは変わりないか?」  しばしの攻防戦の後──というか、七生が一方的にやり込められた後、ようやく会話はまともな方向へと流れ出した。  まず、両親のことを聞き、それから兄弟たちのことを聞き──七生はそのひとつひとつに表情をくるくると変えている。  どんなに七生を愛していても、一矢では引き出すことの出来ない顔だ。  ちぇーっとは思うが仕方ない。  こりゃ長電話になるかなと、一矢はソファーにとすんと腰を落とす。そのついでに、七生にも座るように促した。 「ええっ」  いったい何を言われたのか、一度座った七生が、弾かれるように立ち上がる。 「おい、八重っ」  ひどく驚いたらしく、七生は目を見開いている。 「ちょっと……八重。おい、八重」  一段と声を張り上げたその後、七生は耳から離したスマホを唖然と見つめた。 「切られたの?」  自分の手の内のスマホを見やったまま、うん、と七生は頷いた。その目が、まだ、びっくりしたままだ。  いったい何を言われたのだろう。  気にはなるが、この場合、一矢は部外者に過ぎない。  七生に東京に戻って来いなどという指令でも飛ばない限り、一矢には関係ないはずだった。  のだが───。 「今、羽田だって言うんだ」  ふうんと、一矢は意味もなく頷いた。 「旅行かよ」  早い会社は、もうゴールデンウィークに入るとニュースでも言っていた。  七生が驚いているところをみると、おそらく行き先が海外だったりするのだろう。それも普通ではないアフリカ辺りだったりして。  七生の話から想定される妹像からすると、それくらい、しかねない。そして、現に七生も、こくんと頷いている。 「うん。北海道に」  ──ってな具合に。  って、おい。 「ここに来んのかよっ」  えええ──っ、と、一矢は予期せぬ事態にあられもない声を上げていた。
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