04

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 洒落た服を着て、綺麗に化粧して、長い髪を靡かせてヒールのミュールでカツカツ歩く──うーん、確かに美人だ。  だが、これっぱっかりも一矢の気持ちは動かなかった。ターミナルビルに居合わせた男共が一斉と言っていいほどに振り返るのに、だ。  そのことに、我ながら感心した。  以前の一矢だったなら、顔を見た途端に服を脱いだ様を想像していただろう。  やたらと気の強そうなところも好みだと思ったに違いない。  なのに、(不本意ながら)尻に触っても、どうということもなかった。  でも、だからといって枯れているわけではない。だって七生のになら、いくらでも触りたい。  何か、すっげえ。  自分の全てが七生に向かっている気がした。それが嬉しくて勝手に顔がにやけてしまう。 「何をにやにやしてんのよ」  それを見咎めたのか、八重は横目で一矢を流し見て文句をつける。 「あんた、美人だと思ってさ」  その美人さが七生への気持ちを再認識させてくれるわけで、やっぱり、にやにやは止まらない。 「七兄が同居させてもらっているかもしれないけれど、勝手にその気にならないでね」 「なんねえよ」  速攻で返したら、えっという顔をされた。きっと、勝手にその気になられることに慣れているのだろうけれど、俺は違うから、と一矢は笑う。 「あなたは美女とばかり浮き名を流しているって聞いたわ」 「昔はな。でも、そん中にもあんたほどの美人はいなかったよ」  そして、それほどの美人よか、七生の方がいい。そう答えた顔には晴れやかな笑みが浮かんでいたと思う。  ふん、とばかりに八重は再び前を見据えて歩き出す。一矢の案内を待たずに、さっさと駐車場を目指している辺り、確かに気が長くはなさそうだ。そこで迷子になったりしないところが七生とは違う。  駐車場では、さすがに、どの車かと尋ねて来た。  今度は一矢が先に立ち、愛車の前へと案内する。例のタクシー事故の後に買い替えた車だ。 「案外まともな車に乗ってるじゃない」  おとなしめな形も落ち着いた色も、七生を乗せることを前提にしている。 「あなたのことだから、真っ赤なスポーツカーかと思ったわ」  事故の前までは、確かにそうした車に乗っていた。 「車は頑丈なのが一番だ」  苦笑しつつ、一矢は答える。その一点を重視して選んだ車だ。 「後ろに乗れよ」  助手席側のドアに手を掛けようとした八重を一矢は止めた。 「そこには乗せねえ」  七生の妹でも、そこは駄目。後ろに乗れと目線で促す。 「大事な人の専用席だとか?」  可愛いところがあるじゃないと、八重はくすくすと笑う。  勝手に笑ってろとばかりに後部座席のドアを開け、そこに八重を押し込んでから、一矢は運転席に乗り込んだ。 「で、どこに行きゃあいいんだ」  エンジンを掛けながら、八重に尋ねた。七生にそこまで頼まれた訳ではないが、七生が呼びつけられていたなら、させられていただろうことくらい、代わりにしてやろうと思っていた。  俺は何つったって健気だからさと、一矢は内心呟き、肩を竦める。 「テレビ塔か? 時計台か?」 「随分と在り来りね」  気を遣って言ってやってんのに、ばっさりと来た。  在り来りのどこが悪い。  七生は、夏になったら大通り公園でトウモロコシを食べるんだと今から楽しみにしている。  そういう些細なことを喜べた方が幸せだと、七生は一矢に教えてくれた。  そして実際、七生と一緒なら、大通り公園のトウモロコシもいいもんだと思う。  だが、ここは下手に出よう。一応、この女は客なのだから。  七生のために、という気持ちが当然そこにはあった。 「なら、どこがいいんだよ」 「あなたの部屋」  尋いてやると、意外な答えが返って来た。七生から買い物の荷物持ちの話を聞いていたから、てっきり、そっち方面に流れて行くかと思っていたのに。もっとも、そうした際にしていた七生にねだるってヤツが、今の無職な七生相手には出来やしないわけだけれど。 「俺の部屋は観光地じゃねえぜ」  からかうように言ってやると、当たり前でしょうと睨みを入れる。つくづく、尖った女だ。このくらい尖っていると、面白いっちゃあ面白い。 「七兄……今、あなたの部屋にいるんでしょ?」  八重はそんなことを確認して来る。案外、どんな生活をしているのか確かめて来いとでも母親に言われているのかもしれない。 「おまえ、まさか泊まる気か?」  もしそうなら、ちとヤバいかもしれない。何つっても、あの部屋にはキングサイズのベッドがひとつしかない。兄貴は男とひとつベッドで眠っているようだと、母親に報告されても困る。  困る──うーん、困るんだろうな、と一矢は小さく(かぶり)を振った。  茅子に七生のことは紹介したけれど、さすがにその手のことには触れてはいない。悪いことをしているとは思わないけれど、それでも言い触らしていい類いのことではないとの自覚はあった。 「そんな、いかにもムサそうなところに泊まるわけなんかないでしょ。ちゃんとホテルを取ってるわよ」  緊急事態に備えて使えそうな言い訳を考えていたら、八重の方からさっさと否定してくれた。 「へえ……予約してんだ」  ふうん。なるほど。ちょっとした弱味を見つけてしまった。 「今の時期、予約を取るのは大変だったろ?」  ご苦労なこったなと、わざとゆっくりと言ってやる。はっと表情を変えたから、言葉の中に込めた皮肉みたいなモンには気づいてもらえたのだろう。 「別に、全然。そういうことに顔の利く知り合いがいるもの」 「そんなこと、聞いちゃねえよ」  それが本当かどうかは知らないが、表情を変えたことと、少しばかりムキになった返事が答えだろう。  この女は急に思い立って北海道に来たわけじゃない。  観光が目的でもないだろう。 「ま、あんたを歓迎すんよ」  わざわざ七生に会いに来たのだから。 「おまえでも、あんたでもないわ。八重さん、よ」  お尻に触ったくせにと、八重はここでも主張した。  懲りねえ女だ。
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