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一章 九話 必然か不必然の邂逅
私と紗良は一日中、この大学でオープンキャンパスに参加していた。
だからといって、そうだからといって、私と紗良は一緒に同じ場所に行ったりはしてない。なぜなら、大学で魅力的に感じるところは千差万別だからだ。
普通なら、普通の人なら友達と一緒に模擬講義を受けたり、何かを一緒に体験したり…………とにかく一緒に何かをすると思う。だけど、私たちはかなり違う。
もしも、一般的に友達とオープンキャンパスで一緒にいられない理由があるなら理系と文系に別れてる。もしくは行きたい学部が違うこと。
だけど、それは紗良の前では無意味だ。私の親友は理系でも、文系でもある。そしてどこの学部に行こうとしているのかも考えていない。
紗良はすでに高校すべての範囲を終わらせていた。私にとってみればそれは異常の一言に限ることになるけど、他の人から見たら、特に天才のような人から見たら普通なのかもしれない。海外だと飛び級とかあるし。意外と普通のことかもしれない。
とにかく。
私は文系。紗良は文系でも理系でもオッケーな頭おかしい人。だけど、今回のオープンキャンパスは別行動だった。もちろん一緒に講義を受けようとあらかじめ決めていたところはしっかり二人で行ったけど、それ以外は単独行動だった。
私はお花摘みに行ったばかりで、少し休憩していた。休憩していたが、……少し、いや、あまりにもきれいな人がいたので見とれていた。
黄金の瞳に、高貴さを見せつけるような金髪(染めているようには見えないので地毛だと思う)、それでいてどこか幼さがあるような容姿で、思わず「綺麗……」と、声が漏れてしまうほどの美貌の持ち主。近くで見ると頓死するほどに可愛いので遠くのベンチから見ていた。少し口がにやけているのが自分でもわかる。
大学の噴水の近くに佇んでいて、この世界でも憂いているのかと思っていたように見えたけど、そんなことはなくキョロキョロと辺りを見渡していた。どうやら、誰かを探しているらしい。考えるに、家族の誰かと一緒に来て待ち合わせをしていた、とか。他には同じ学校の人を待っているとか。髪が金色であることから、彼女を外国人と仮定すると、同じく髪の毛の色が金、もしくはそれに近い人が待ち人なのではないかと思う。
私はもはやオープンキャンパスよりも彼女を見ているほうを優先していると言っても過言ではないかもしれない。可愛いから仕方ない。…………なんか私、紗良に毒されて百合好きになってない?
まあ、どうでもいいか。いや、良くはないんだけど。
そんなことを考えているうちに彼女は走り出す。ようやく誰かを見かけたのだろうか? その先に目をやると、
「いや、どう考えても私の予想と違うんだけど…………」
話しかけていたのは、大学生of大学生のような金髪の男。いかつい。そして金髪は地毛ではないと思う。完全な金髪ではなく、根本辺りが黒になっているのが遠くでも分かる。
彼女は何か手をわちゃわちゃ動かしながら彼に話しかけている。いや、多分話しかけないほうがいい相手だよ…………とは思いつつも、その人は紳士なのか特に騒動がなく済んだ。っと思ったら彼女はまた走り出して、別の人、別の人へと話しかけている。何か落とし物をしたと考え直したほうがいいのかな? どう考えてもあの行動は人を探しているソレではないし。
一緒に探すか……?
そんな考えが頭をよぎる。
正直なところ、こんなに可愛い人が困っているのを、「困ってる可愛い!」というほど、私という人間は腐ってないつもりだ。だから、歩きだして彼女に声をかける。
「どうかしたんですか?」
こちらを振り向いた可愛い美少女は、うん……可愛いすぎてなんも言えないや。
「……あー、実は落とし物をしてー」
「それなら一緒に探しましょうか?」
「えっ、いいのー!?」
…………なんか思った通りというか、見ていた通りというか、明るい人だけど…………日本語流暢すぎない?
まあ、その考えは後回し。今は協力しよう。
「私でよければ一緒に探しますよ」
「ありがとー」
「それで……何を落としたの?」
「シュシュ!」
*****
探しものがいきなりシュシュと言われたとき、私は少し驚いた。
シュシュは髪を縛る物のはずだ。それで、女性はシュシュをすることはよくあるとは言うけど、だからと言って彼女の探し物がシュシュだということに疑問しか抱けなかった。なぜなら、彼女の髪は髪止めするほどの髪がない。髪がないなんて語弊を与えるので言っておくと、彼女の髪はショートヘア―だ。だからシュシュなんて必要はないだろうと思っちゃうけど。
閑話休題。
今は彼女がシュシュをつけていた記憶がない場所から虱潰しに探している。現在いる場所は大学の入り口だ。
「ボクのこと助けてくれてありがとーね。おねーちゃん」
「…………うん」
可愛いし、それでいて私のことをおねーちゃんと呼んでくれる。私にとっておねーちゃんと呼ばれることは人生で今まで一回もなかった。弟や妹もいないし、ましてや私は背が小さい。そんな私のコトをおねーちゃんと言ってくれるのは彼女しかいない。
…………そういえば、
「貴方、名前はなんていうの? 私は桜田ライム。ライムって呼んでいいよ」
「……………やっぱライムか………」
あまりの小さな声にその言葉を聞き取れずに私は、
「ん? ごめん聞き取れなかったけど」
「あーごめんごめん。少し考え事してたー! えっと、名前だよね? えっとー、ボクはメイザス・ラギム。メイザスってできれば呼んでほしいよ、少なくともこの場所なら」
「メイザス・ラギム」
「出来ればメイザスだけでいいよー!」
日本が流暢なようで、でも少しおかしい……。今も「少なくともこの場所なら」、とかは必要なさすぎる気はする。そして普通はラギムの名を名乗ると私は思っている。日本で言うならメイザスが苗字でラギムが名前。まあ…………距離関係があるとしたら、高貴な貴族なら苗字で言うのが普通ならわかるけど。…………というか始めは苗字から呼ぶよね、日本なら。じゃあ関係ないか。
「分かった。メイザスね」
「ちゃんまでつけていいよー。私もライムおねーちゃんって呼ぶからー!」
ララララララララライムおねーちゃん!? だと!?
いや、何、このラギムちゃん--じゃなくてメイザスちゃんヤバいんだけど!
「大丈夫、ライムおねーちゃん?」
「…………うん、大丈夫だよ」
なんだろう。凄くいい体験をしてる気がする。
だけど、それよりも、無粋なことだけどどうしても気になるから聞いておきたい。
「メイザスちゃんはなんでシュシュ探してるの? その髪の短さならしなくてもいいと思うけど…………もしかして友達から貰ったやつとか?」
「うーん、まあそんなところだねー。っと、あれかなー?」
メイザスちゃんが指をそちらに向けていた。そこにはシュシュがあった。
「見つけたー!」
そしてそこまで猛ダッシュしてシュシュをゲットする。
私はすぐに追いつきながら、
「良かったね、見つかって」
「うん良かった良かったー!」
ぴょんぴょんジャンプしながら私にお礼を言う。別に私が見つけたわけではないけど、とても嬉しい気分にはなる。
「ありがとーライムおねーちゃんー!」
「いえいえ、どういたしまして」
見つけたわけではないけど、お礼を言ってくれたので合わせる。
彼女--メイザス・ラギムは「あっ! そうだ!」と言いながら、
「--ところでライムおねーちゃんはここで何をしようとしてたの?」
そう聞く。少し私は迷ったが、
「えっとね、オープンキャンパスに参加してたって感じかな」
嘘ではないことを話す。
「そうなんだー。じゃあ次の質問。ライムおねーちゃん、貴方はミマ高校の生徒?」
「? そうだけど、どうして知ってるの?」
もしかして、普通に日本人なのか? あるいは血は外人だけど日本育ちとか?
そして一番は何故、私がミマ高校の生徒だと知っているのか?
オープンキャンパスは制服で参加したわけではないのに、他者から、他人から見てしまえばミマ高校の生徒だという要因は何一つとして存在しないと言ってもいいのに。
それが分からなかった。
「うーん。なんだろうねー。ボクの勘かな?」
勘ならなっとくなっとく………………するわけないよ!
「いや、勘じゃなくて…………。何かあるでしょ? ミマ高校で私を見たことあるか、とか」
「そうそう! それだー! まさにそれだよ! ボクはミマ高校の生徒で、そして君を見たことあるんだー!」
? いや、さすがに金髪とその金色の瞳ならいくら学校の情報に疎い私でも知っているんだけど…………。もしかして、
「もしかして、ミマ高校のOBだったりしますか?」
「--うん、そういうこと。ボクは卒業…………、まあ、卒業したね」
なんだか含みある言い方だけど、そう考えればまだ納得はできる。
でも、私のことを知っている人なんて、特にすでに卒業した先輩なら分からないとおもうんだけど。…………って、
「ちょ、ちょっと!」
いつの間にか手を触られた。…………凄いニヤニヤしちゃう。
「ライムおねーちゃん、どうしたのー?」
「いやどうしたのって…………」
「--もしかしていきなり触っちゃったから驚いちゃった?」
「まあ…………」
「あーごめんね。ボクは人の体をよく触りたい時があるんだ。これで許してほしい」
これで許してほしい。そう言われてされたのは………………キスだった。
「ひゃっ!」
「じゃあねーライムねーちゃん! ………………また会おうねー」
最後の一言があやふやに聞こえた。そしてメイザスちゃんはどこかへ行ってしまった。
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