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一章 十九話 異常の想像超える異常
ここがどこか、私は分からない。
黒で一面塗りたくられた空間に投げ出された。明らかに現実とかけ離れている。
完全に現実にはなさそうな状況が目の前に、周りに、全体にある。
「目覚めの気分はどうかしら? 桜田ライム」
……、急に目の前に現れたのは赤い瞳をもち、靡かせるほどの長さある赤髪。
もしかして……幽霊、何だろうか?
この非現実的なことが起こっているのならまったく不思議ではない。根拠はないけど、否定する材料もない。
「君はホント面白いことをするね。神崎と言ったかしら? その彼女を助けた。まさかそんな偉業を成し遂げてしまうなんてね。感心したわ。そんなことしたの君が初めよ、多分」
「……何が言いたいの?」
神崎さんのアレを見ていた。ということは本当に神崎さんにあんな風になってしまったのは幽霊が原因だった?
だとしてもなんで今、私の目の前に幽霊が現れている?
「……そうか、そう言えば君は記憶が欠如しているんだった。忘れていたよ。悪いわね」
「…………」
何を言っているか分からない。記憶が欠如してる? バカバカしい。……だけど、幽霊の噂で流れていたもので記憶がなくなるというのはしばしば聞く。……その噂は本当なのか?
幽霊の彼女はパチンと指を鳴らして、
「思い出せたかな? 桜田ライム?」
「っ!!」
急に頭が痛くなり抑える。それでも痛みは一向に引かず--、
「………………アラム」
思い……出した。
ミマ高校の幽霊。異常で異質で懐疑な存在。いや……もはや懐疑な存在なんて言葉を使うのは間違いかもしれない。彼女は存在している。あのときから、アラムと遭ったときから理解していた。
「思い出せたようで何よりだよ。幽霊の法は面倒なものだといつも思うよ。それより--」
「--!?」
いきなり私にぐっと近づく。
私は思わずちょっとした声を上げるが、アラムはシニカルではない純粋な笑顔を見せた。
「ついにこのときがきたんだね。いいよ。最っ高! もう想像以上の成果と言えるよ!」
自分の手で反対の腕を掴みながら、ヨダレを垂らしながら、激しく興奮していた。
私はこの状況まで陥る意味が分からないから、
「……何が言いたいの……?」
そう聞いた。
「決まっているよ。君が狂いを担任の前で見せてくれたことよ」
「…………」
確かに、あのとき私は異常な行動をした。私が私ではないようなことをしたように感じた。
「君と談笑をしたことはやはり正しかったわけね」
「……談笑……」
あのときの話し合いのようなものは確かに、彼女の観点から考えてみればそうだと思う。だけど、あれを談笑と言えるかといえば違うはずだ。彼女はオカシイからそんな認識をする。
「そうそう談笑よ。君と私の距離を人ではなく人間にしなければ『契約』は成り立たないからね」
「契約……」
契約。つまりはアレだろうか? 悪魔と交わす最強最悪のような契約を、……悪魔ではないけど、幽霊と契約を結ぶというのか?
「何もそう身構えることはないよ、君は。だってそうだと思わない? 契約というのは不利だと思えば即破棄してしまえばいいからね。だから身構える必要はない。寧ろ気楽に聞いてほしいわ」
私は既に理解している。この幽霊は悪魔よりも悪魔的で、傲慢で、ただただ異常な幽霊。それだけのことをあの深夜のミマ高校で、ほんの一時間もかからずに痛感している。それほど、記憶に残るほどの存在で、実際はそれ以上に危ない存在と言ってもいいはずだ。こんな奴の話を聞くのは仏だって、神様だって嫌だろう。
だけど、この場合はアラムの言うとおりだ。契約内容くらいは聞いても何も問題ない。……問題はないけど、怪しいけど、だからこそここは慎重に多くの可能性を考えるべきだ。
「……アラム、もしもアラムの契約が嘘だった場合、どうすればいいの?」
「……、なるほどね。契約してもそれが嘘なら困るよね。そう言う友達もいると聞くし、まあ理解はできるわ。君はどうすれば納得するのかしら?」
納得……ね。
案はない。今探してる。だから、
「少し待ってて。考える時間がほしい」
「もちろん、いいわよ」
そして考え……、
考える前に……
「……契約の話じゃないんだけど、聞きたいことがある……」
「ん? 何かしら?」
「この空間は何? どうして、こんな空間があるの?」
こんな黒だけの情景は普通に考えればオカシイ。地球とは別の空間のはずだから、可笑しすぎるだ。普通であれば存在してはいけない場所。
私はそんなことにすら気づかなかった。それほどアラムが異常だったことを再認識した。
「あー……、それはね、うんと、答えていいかな? 本人の確認を取りたいけど、本人がソレだからなあ……」
? 何を言っているのだろうか?
本人がソレ? この空間と誰かが関わっているのか?
「まあ、特別サービスってことでいいわ。この空間はラギムを媒体とした空間。ついでに言っておくとここは地球の時間が限りなく止まっているレヴェルで時間が動く。だから、ゆっくりしていって問題ないよ」
……。
…………。
バケモノ、だろうか? 時と空間まで操っているのか、ラギムは?
私は何を相手に喋っている?
もしも『契約』に従わなければ……どうなる?
「どうしたんだい? そんなに青ざめた表情をして? その表情は素敵だけど、友達には流石に求めていないから、できればその表情は止めて欲しいかな?」
「……はい」
「それでどうかな? いい案はあった?」
「……まだ……」
「そうか、ゆっくり考えていいわよ。時間は無限にあるわ」
……怖い。
こんな奴らが契約? 力で私を圧倒できるのに、私の記憶を消せるのに、私をどこかにワープでもして転落死させることも容易い奴らが……契約?
「……っ」
駄目だ。どう考えても、彼女と契約をしたとして、私が助かる方法がない--……いや、
「ある……」
あった。ただ一つ、一つだけあった。とても普通からは逸脱している考えだけど、確かに、その状況なら、裏切られたとしても助かる可能性があった。
「どうやら、見つかったようね。それで? 私が契約を破ってしまっても、どうにかなる……その案は何だい?」
「アラムの能力を分け与えてほしい」
常人の考えではないような気がした。異常だと分かっている相手から、能力を分けてもらう。それ自体ができないことなのかもしれないが、言うだけタダで、そしてこの方法だけが万が一契約を破られても破っても助かる私の唯一の望み。だから言った。
「それはもとから契約内容に入っているわよ」
「…………」
だからこのとき、それを契約内容に入れているアラムにゾッとした。
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