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一章 三話 そうだ、オープンキャンパスに行こう
どこかへ帰る少人数を見ながらも何かに呆れて、溜息、溜息溜息溜息、何度も、何度も。
現在の時刻は夜が訪れ始め、世界が黒に、そしてそれに反発するようなライトが輝く時間帯。そんな中で溜息というのは単調的に虚空の彼方に消える。その虚空に消えるような溜息を止めて、彼女は独り言を始める。
「はあ……、他の候補はいないのかしら。出来ればあと一人ぐらい見つけたいけど」
狂っている女王様は今日も人には伝わりにくい言葉を発しながら、憂いを見せて呟く。それは、自身の私的な感情から出たもので--、
「やっほーただいまー、アラムっちー」
威勢よく、勢いよく、ラギムはアラムのもとへ急接近。普通の人間であれば驚くが、狂っている者には効果が無いのか少しも驚きを見せない。しかもその彼女はなにやら怪訝そうな表情をしていた。それは平常心故に考えることが可能になっているからだ。
「……アンタが一日に二度もここに帰ってくるなんてどういう風の吹きまわし?」
「あー、何だっけ、ライムっていったっけ。とりあえずのターゲットは?」
会話が成り立たない。だが、彼女らにはそんなことは関係ない。あることが必要最低限に共有できればそれでいい、なんら問題はない。
アラムは訝しげな目をラギムに向けて言い放つ。
「ええ。でも今回アンタは私の件の関係をこれ以上は持たせないようにしようと考えていたけど。まさかフリーダムにしてるアンタが関わるの? …………私の私的な件に?」
圧倒的な疑問。いつもであれば自由気ままにどこでも移動してアラムのもとに戻るのは月一ぐらいなヤツなのだ。「まさかとは思うが興味を示したというのか?」、そんな疑問がアラムにはあった。
「うん、そのまさかだよー。私だって一度くらいはアラムの役に立ってみたいし、それに私的な件ではないと思うんだよねー、アラムっちのしてること」
「私的な件で間違いないわ。私がしたいと思っていることだから、あくまでもプライベートでしていることだから。そこには私的という言葉がぴったりのはずよ」
哲学的に感じられるような返答をする彼女だがそこにあるのは狂気の、狂気の女王のただの狂気に満ちている適当に考えた戯言のようなもの。微塵も哲学のように考えていない。
ラギムはアラムの話をしっかりと聞いていたのかうんうんと頷きながらも自分の意見を忌憚なく話す。
「まっ、アラムっちが思うんならそれでいいよ。私的なんてのはただの言葉だしね」
その眼は、その黄金の瞳は純情無垢といえるほど透き通っていて--、しかし綺麗だけで語ってはいけない--そんな瞳。
「私的なんてのはただの言葉、ね。まあ、それがただの言葉かどうかは置いて……。いいの?アンタはフリーダムさを、自由をいつも貫いてきたのは、今まで自由に生きてなかったから。だから今は自由に生きようとしてるんじゃないのか?」
「アラムっちはいつも観てきたでしょ。私がどれほど力不足な、役に立たないガラクタ人間かなんてのはー。でもアラムっちだったら力不足でもいいんでしょー。私はそれを知ってる。だからたまにはフリーダムとして生きている、自由に暮らすことを許しているアラムっちへの恩返しをしたい。それじゃダメかなー?」
その瞳は嘗てすべてに雁字搦めにされて、虐められていた面影を見せるような瞳で、しかし今は綺麗に透き通っていて、素直の権化ともいえるほどだ。
しかしそれをまったく気にしていないのか、まるで言葉だけしか見ていないようなアラムは表面上の言葉だけをくみ取る。
「今の行動理念はソレなのね。分かった。自由に手伝って。その代わり、飽きたら私に報告すること。勝手にいなくなるのは許さないから、それだけは、それだけはそれだけはそれだけはそれだけはそれだけはそれだけはそれだけは--絶対にしてはいけない。いい?」
見えるものは見えず、見えないものは当然のように見えず。狂気だけが垣間見える。
今の彼女には狂気が印象的で、彼女は無意識に狂気だけを見せていて。
「了解りょーかい!! うっけたまわりましたー!」
そんな狂気を見せられてもマイペースにラギムは笑顔でアラムの狂気から真っ向にぶつかる、否、気にしてないというのが正解なのかもしれない。彼女もまた、狂気に満ちているのだから。
「じゃあ、さっそくだけど今からライムのもとへ行く。ラギム、移動よろしく」
ラギムは空間を歪めて新たな空間を作り出す。それは、どこかの空間に繋がっていて。そして狂いの女王は嗤っていて、まるで獲物を手の上で転がすような嗤い。
彼女たちは狂うことをやめられない。
*****
部屋に入って私が初めに話しかけようとしたチャンスはことごとく潰れた。このとき私は紗良が開口一番で言われたことを理解したくなかった、というか聞きたくなかった。だから私は紗良の発言と取り消そうと、コスプレ衣装を着ることを強要してもう一度話す。
「紗良、一緒にコスプレは--?」
「まずは受験生だし勉強でしょー?」
「う……」
まさか紗良からここまでの正論を投げかけられるとは。いつもは正論なんてほとんど言わないのに。
「しかもライムはー、勉強ダメダメだから一日六時間ぐらいやんなきゃ目指してる国公立大学には受からないと思うどなー」
「み……耳が、痛いです、紗良先輩」
うん、ほんとに耳が痛い。というかいつの間にママみたいな発言をしてるのだろうか、このエスパー人間は。見事に立場が逆転してる……。
「先輩じゃないでしょ。ライムと私は親友の中なんだからー」
さらっと親友といわれたのがちょっぴり恥ずかしかったので、私は話題の観点を若干ずらしながら話を進めることにしよう、うん。
「いや、こういうときは先輩って言いたくならない?」
「私はそんなことは思わないなー。それより善は急げだー、早く勉強ベンキョー!」
「……分かったわよ」
本当は現実逃避をしたくて仕方なかったけど、さすがに勉強しないで国公立大学には入れないことは馬鹿な私でもわかる。だから私は、仕方なく勉強をすることを了承した。
「じゃあまずは数学からだー!」
「えっ、なんでもうやる教科決まってるの……?」
「簡単なことだよー。今日の数学の時間で、ライムは基礎中の基礎の問題がわからなかったじゃん。だからまずは基礎をどうにかしなきゃー」
「うっ……」
なにこれ、すっごい心が抉られるような感覚を受けた気がしたんだけど。でも、ほかの教科も大差ないと思う。そう思い私は--、
「でも、基礎できてないならどの教科も同じだからまずはとっつきやすそうな国語とかから--」
「ダメだよーライム。こういうのは先に嫌いなものから片付けていくのがいいんだよ。ライムは目標見えたら一生懸命できるんだからー」
うん、まあ確かに。
私は目標を決めたら一直線…………のような気もする。現にコスプレ衣装を作り始めたのもある程度の目標があるからだし。でも勉強はそんな感じになれることはないと思う。目標がイマイチ定まっていないから。
それも踏まえて私は言葉を紡ぐ。
「でもさあ、なんていうか目標が定まってないんだよね。目標が国公立大学に合格ってだけだと、なんか行きたいって思いが湧かない気がしてさあ。なんかいい方法ないかな」
正直、私は進学ということ自体が面倒くさいと感じている。もちろん、就職とか他の選択肢もあるのかもしれないけどそれはそれで面倒だし。ニートって選択肢はアリだけどもしするとしても一生分の金銭を得てからのほうがいいだろうし。
「じゃあさ、目標がしっかり定まればいいんだよね」
「ん? いやまあそうだけど……」
紗良はなにか妙案があるのか知らないけどなぜかまぶしいほどの笑顔をしていた、いつものことかもしれないけど。
「それだったらさ! オープンキャンパス行くってのはどうかなー?」
「……それで本当に目標が定まると思っているの?」
私はあまりの内容に皮肉を口にした。正直、オープンキャンパスに行ったところで目標は定まらない。そんなことでは目標を定めることが、少なくとも私にはできない気がする。
オープンキャンパスでこの学校に行きたい思いが強くなったという感想を世間ではよく聞くけれど、半分以上がアンケートで偽善的に書いたものだ、そう思ってしまう。
「大丈夫だよ。色々探せば目標となるものが見つかるよ。だから行こっ!」
「……わかったわ」
正直、あまり気乗りしなかったが気分屋の紗良がそこまで勧めてきたのは珍しい。だから私はこのことに同意した。さっきまで皮肉を言ったが、紗良がそんなにいうのならそれが今とても大事なことなのだろう。
「ちなみに日にちは来週のゴールデンウィークのときだよ! 行けるよね!」
「行けるよねって……、ほとんど強引に行かせようとしてるじゃない。……でもいいよ。オープンキャンパスが大切なことだと思えてきた気がしたし」
だから私はオープンキャンパスに行く。
そこに深い意味はない。
*彼女たちにとっては深い意味でなく、別の『彼女』たちにも深い意味はない*
*すべてはなんとなくで決まってしまう最悪の災難が、これから起こってしまうのだから*
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